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黄昏に誘われて(01) 


 自分以外には誰もいない校舎の屋上を、フェンスの金網を揺らしながら強い風が吹きぬけていった。
 その風の冷たさは、まるで冬の木枯らしだ。
 それでも今日の昼間は汗ばんで暑いくらいだったから、風の冷たさは既に日が暮れたせいだろう。とにかくブレザーの制服のだらしなく開いた襟元が肌寒く感じられたのは確かだ。滲みこんでくるような冷たさに、縛られるような窮屈感さえ感じた中学の頃の詰襟の学生服が懐かしく思えてしまう。
 もし誰かが僕を観察していたとしたら、たった今、その風で居眠りから醒めたように見えた筈だ。ずいぶん長い間、薄汚れたコンクリートの壁に背中を預けたまま、ボンヤリと膝を抱えて、まるで凍りつき固まったように座っていたからだ。
 もちろん寝ていたわけじゃない。
 座ったまま、ぼんやりと時間を潰していただけだ。
 そんな格好をしていたせいで身体がひどく強張ってしまっている事と、そしてすっかり夕方になっている事に僕は気がついた。
「もう夕方か」
 僕は呟きながらコンクリートの上に足を投げ出した。
 凝り固まった筋肉が解れる心地よい痛みを感じながら、僕は物憂げに顔を上げて空を見た。僕の視界に飛び込んできた色は、夕焼けに赤く染まった空の色だ。そんな空の色よりも、もっと暗くて濁った色をした無数の鱗みたいな形の雲が僕の視界の半ばを覆っている。それは寂しげで、それにも増して不気味な印象の夕焼けだった。
 何か良くない事が起こるかも――、そんなことを連想してしまい、急に心細い気持ちが湧き上がってくる。漠然とした不安を抱えながら、僕は呆けたように空を凝視し続けた。

「ん……、なんだろ?」
 妙な違和感を感じて、僕は周りを見渡した。
 薄暗くなった屋上には相変わらず僕一人しかいないし、何も変わったものはない。ゆっくりと暮れていく夕焼けの光景が広がっているだけだ。違和感の原因は景色なんかじゃなく、もっと別のもの――、そう思った瞬間、僕は原因に気づいた。
 この場所に腰を下ろした時には意味不明な雑音みたいにグランドから響いていた部活の連中の声が聞こえなくなっていたのだ。僕の耳に聞こえていたのは、遠くから聞こえてくる行き交う自動車の音、そんな街の雑音だけだった。
 いったい今は何時なんだろう――、そう思いながら制服のポケットに手を突っ込んで無造作に携帯を掴み出し、僕は顔を近づけて覗き込んだ。
「そっか、もうこんな時間なん……」
 少し驚きながら、ため息交じりに僕は呟いた。
 夕闇の中で眩しいくらいに明るい携帯の画面に表示されていたのは、間もなく六時になろうとしている時刻だったのだ。
 それを見て僕は苦笑いするしかない。こんな時刻ならグランドからの声が聞こえないのも頷けるからだ。
 うちの学校では五時半になると下校を促す放送が流れる規則になっている。少なくとも部活の時間はそれで終わりだ。よほど特別な理由がない限り、帰り支度を始める時間だって決まっていたのだ。そして六時を過ぎれば、多少の誤差や遅れがあったにしても校門は閉じられてしまう。
 しかし僕には、その放送が聞こえた記憶が全くなかった。
 どれたけ頭を捻ってみても、完全に記憶から抜け落ちていたのだ。それは学校の周囲の家々から苦情が出てもおかしくない程の大音量なのだ。いったいどれだけボンヤリしてたんだろ――、それを思うと自分がどうしようもなく間抜けに思えてしまうし、ひどく情けない気分になってくる。
「あー、しょうがないな、帰らなきゃ」
 自己嫌悪に陥りかけた気持ちを断ち切るように、僕はわざと明るく声を出して言ってみた。そして屋上の冷たいコンクリートの上に放り出したままだった鞄に手を伸ばして立ち上がろうとした、ちょうとその時。
 金属が軋むような、長く尾を引く嫌な音が薄暗がりの屋上に響いたのだ。

《続く》






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