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氷雪の漂泊者(01) 


 まもなく日没だった。
 遥か遠く、延々と連なる稜線の彼方に太陽が没しようとしている。
 中天まで赤く染まった夕焼けは、夥しく溢れ出る血を連想させた。地平近くに連なる小さな雲のシルエットは血の海に浮かぶ島影のようだ。
 赤く焼けているのは空だけではない。
 地表にある全てのものが赤く染まり、空の色を映していた。
 日が落ちていくにつれ、あらゆる物が宿している影が刻一刻と淡く長く伸びていく。やがて全ては色を失い、夜の大いなる黒闇の中に埋没するのだ。
 それは幾百万と繰り返されてきた日没の光景だった。
 不意に強い風が赤く染まった雪原を吹き抜けていった。
 乾ききった無数の雪片は風に煽られて地表を離れ、宙に舞い上がる。風に舞った雪の結晶は弱々しい残照の中で一瞬の煌きを見せ、やがて勢いを失って静かに四散していく。

 宵闇が迫る中、聳え立つ樹氷の間を縫いながら移動していく黒い小さな人影があった。その人影の大きさは小さく、まだ年若い少年のようだ。
 少年が雪原に残したのは延々と続く足跡だけではない。その足跡に沿って小さな黒い染みの列が続いていた。獣皮でできた衣の左袖から血の雫が滴り落ちていたのだ。

「……っ!」
 少年は足を止め、血の雫が滴る左腕を押さえながら天を仰いだ。
 端正な顔が苦痛に歪んだ。口元から漏れ出る乱れた息は厳しい冷気に晒されて、たちまち白い霧となって流れていく。白い吐息と共に、少年の身体から生気も失せていくようにすら見える。
 失血と濃い疲労の為、何もかも赤く染まった夕焼けの中にあってさえ、その顔は蒼白だった。少年の華奢な身体は絶えることのない苦痛によって休息を訴え続けていたが、少年の意志は頑なに拒絶を続けていたのだ。
 しかしその意思も限界に達しようとしていた。
「間もなく日が沈む」
 地平の彼方に目を向けながら、少年は呟いた。
 既に眩しさを失った太陽は、山の端に接しようとしていた。
 ほどなく完全に稜線の彼方に没してしまい、その姿は見えなくなるだろう。
 日が傾くにつれ、急速に気温が下っていた。夜になれば更に拍車がかかる。そして何よりも肝心なのは暗闇に閉ざされて視界を奪われるということだ。それまでに休息の場を見つけなければ、冷気が容易に彼の身体から生命を奪い去るはずだ。
 それは明白な事実だった。
 生き延びるためには自らの気力、そして世界が明るさを保っている間に休息の場を見つけ出さねばならなかったのだ。


《続く》

黄昏の雪原





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