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続山月記(33) 


 声もなく、身動き一つ出来ず、二人は虎の跳躍する様子を見守るしかなかった。まるで魅入られたとしか言いようがない。怯えや恐れ――、そんな感情が惹起する余裕すらなかった。
 軽く跳躍すれば二人に届くほどの距離で、虎は歩みを止めた。
 ガルル……。
 暗がりに低い唸り声が響いた。威嚇するように唸りながら、ゆっくりと二人の潜む大樹の根元に近づいてくる。赤く濁った目は、まるで燃えているようだ。
「逃げろ、青」
 耳元で囁きながら、軽く背中を押す。「さあ、早く行くんだ!」
「でも」
 青は言い澱んだ。亮は青の頬を撫でてやりながら、そっと促す。「大丈夫だから、さ、早く。後でまた会えるから」
「うん。きっとだよ」
「ああ」
 茂みの向こうに小さな背中が見えなくなるまで、亮は弟の後姿を見送った。
 胸の鼓動が高い。その音だけで居場所を知られそうな気がする。
(落ち着け――)
 そう自らを叱咤する。(青を守るんだ、そうとも――、僕は兄なんだ)
 ずっと握ったままだった棒きれを、さらに強く握り締めた。
「この化け物めっ!」
 そう叫びながら、亮は草叢から躍り出た。「鯤や昌、小螢の仇だっ」
 亮には自分でも不様に震えているのは判っていた、そして、こんな棒きれ一本で何とかなる相手とも思えない。
 ただ青に一歩でも遠くに逃げて欲しかったのだ。
 もしここで斃れることがあったとしても、たとえ魂魄となってでも青を守るんだ――、そう亮は強く念じた。その思いがなかったら、だらしなく腰を抜かしていただろう、そう自らを密かに嘲りながら、だ。
 虎は棒を手にした亮を警戒しているのか、威嚇するような唸り声を上げるだけで容易には近づいてこない。
 機会を窺うように、周囲を睥睨しているだけだ。しかし、ひとたび跳躍すれば鋭い爪にかかってしまうのは明らかだ――、それが判らぬ亮ではない。
 その時だ。
「兄さま――っ!」
 不意に青の声が間近で響いたのだ。亮は反射的に声のしたあたりを見、そして驚きの声をあげた。「青、なんだって帰ってきたんだ!」
 その隙を待っていたように、虎が小さく跳躍し前肢を払った。身を翻して避けたものの、袖を切り裂かれて鋭い爪の先は軽く亮の腕を抉った。白い腕を伝って鮮血が滴り落ちた。
「痛っ!」
 痛む腕を押さえ、青を背後に庇いながら、亮は虎の前に立ちはだかった。
「やれやれ、こんな小さな弟を夜の山路を一人で行かせるのは感心しませんね」
 青を追い立てるようにして、その背後から現れたのは董だった。
 不吉が澱んだような姿が茂みの間から現れた。「それで老婆心ながらお連れした次第でしてね、どうです、親切だとは思いませんか。くっくっく……」
 嘲りを含んだ低い笑い声が響いた。

《続く》






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