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続山月記(41) 


「そう深刻に思い煩うことはない」
 老人は亮の真剣そのものの顔を見て、朗らかな明るい声をかけた。「人の運命などというものはな、そんなものじゃ。喩えば森に分かれ道があるとする。右に行こうか左に行こうか、或いは来た道を引き返すか、行くべき道を人は選ぶ。しかしその先にどんな運命が待っているのか、本当のところは誰も知らぬ――。おお、そうだ。忘れるところじゃったわい、これをおまえさんに渡さねばな」
 亮の掌を開かせ、老人は懐から取り出したものを静かに乗せた。
 それは歪な丸い形をした土色の物体だった。
 表面には筋状の文様が刻まれ、おそらく焼き固めてあるのだろう、ただの土塊よりも滑らかで質感があった。よく見ると二つの穴があり、中は空洞のようだ。
「これは?」
 亮は掌のなかの不思議な物体を見つめながら老人に問いかけた。
「土笛じゃ。これから先も、おまえさんや弟を狙う妖しい輩が現れぬとも限らぬでな、これを吹けば土笛の音が、たちどころにわしの耳に入る――、そういう寸法になっておる。これが砕けても同様にわしには分かる。よいな、常に身に着けておるのじゃぞ。あやかしの気配を感じたら遠慮なく吹くのじゃ。どれ、試しに鳴らしてみなさい」
「はい」
 目を細めて老人が見守る中、亮は土笛のふたつの穴の片方に口を当て、強く息を吹き込んだ。が、空気が漏れる小さな弱々しい音がしただけだった。
 途方にくれて、亮は老人を見た。
 その途端、楽しそうに老人は笑い声を上げたのだ。「また悩んでおるな。それはわし以外には聞こえぬ笛なのじゃ、ちゃんと聞こえたわい。そうさな、例えば悪者どもに囲まれたとする。その時、けたたましい笛の音が鳴れば悪人どもに気づかれてしまう、しかし聞こえねば安心、心安く助けが呼べるという算段じゃ」
 老人の様子から、からかわれたのだ――、すぐに亮は悟った。
 しかし少しばかりも怒りは湧かなかった。それどころか、老人と一緒に笑い声を上げたのだ。それは亮にとって、本当に久しぶりの心からの笑いだった。
「もうひとつだけ、おまえさんには秘密を明かさねばならん、これから先、下らぬ事に頭を悩ませぬようにな」
 老人は笑いの発作が治まると、真顔に戻って静かに語り始めた。「おまえさんと弟の青はな、母こそ違うが実の血を分けた兄弟なのじゃよ。そしておまえたちの父、隴西の李徴は崑崙におる。わしの元で修行中の身じゃ。まだまだ未熟者なのでな、今回は連れては来なんだが」
「本当の父さん、実の弟……」
 亮の口から呟きが漏れた。
 実父の李徴については義父の袁參から何度も話を聞かされていた。もちろん袁參に亮を託してすぐに亡くなったという母のこともだ。その時、まだ赤ん坊だった亮には両親の記憶はない。
 亮にとって父と言えば、それは義父の袁參だけだった。
 しかし今回の出来事で実父の存在を始めて意識したのだ、それも拭いがたい負の印象として。いかに笑って誤魔化そうとも、それは拭いきれぬものだった。
「口さがない連中は多いからのう。おまえさんも良からぬ噂を聞いたはず」
 老人は気の毒そうな顔をした。「しかしな、師のわしが言うのもなんじゃが、李徴は稀有の才を持つ者、いずれは大成しよう。その父に引け目に感じることはない。もし父に逢いたいと思えば祈ればよい。心から願えば崑崙への道は開らかれよう。
 そして青を今までと同様に守ってやるのだぞ。あれは心から、おまえさんを慕っておるでな」
 それだけ言い終えると老人は腰を上げ、虎の前肢に抑えられ地に伏したままの董に目を向けた。「どうじゃな、心の底から己の罪を悔いておるか」

《続く》






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