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続山月記(01) 


「ん……、どうした事だ」
 観察御史、袁參は書物から顔を上げた。
 なにやら庭が騒がしいのだ。騒いでいるのは村人なのか、主に男たちの声だった。
 少なくとも五、六人は下らない――、そう參は思いながら、腕を組み、しばらく様子を窺うように庭の騒ぎに耳を傾けていた。
 しかし、いっこうに納まる様子はない。
 それどころか騒ぎは大きくなっていくようだ。
 その騒ぎの中には聞き覚えのある子供の声も混じっている事に參は気づいた。その声は參の養子、亮のものだったのだ。
「いったい何事なのか」
 參は亮の声が気になって立ち上がりかけ、すぐに苦笑いしながら腰を下ろした。
 騒ぎは次第に近づいてくるようだったし、少なくとも声を荒げたり、険を含む罵声らしきものは聞こえてこなかったからだ。それは祭りの喧騒にも似た好奇心に上ずった――、そう形容すべき種類のものに思われたのだ。
「さて、このまま待つとするか」
 參は呟き、開け放たれたままの扉の方へ目を向けた。
 そこには見慣れた庭の景色が広がっていた。庭園のさして高くない木々に遮られ、騒いでいる者達の姿はまだ見えないようだ。
 參の屋敷は、さして広い屋敷ではない。
 それどころか観察御史という廟堂に連なる參の地位を考えれば、それが郊外の別邸とはいえ、むしろ狭すぎるとさえ思える程度のものでしかない。そして質素な建物は見る者によっては粗末な掘っ立て小屋とさえ見えただろう。なにしろ近年の官吏の奢嗜の風は度を越えたものがあったのだ。
 長年の太平の世は、その一方で退廃、奢侈、腐敗……、そんな弊害を生み出していた。
 官界に連なる人々がその嗜みに投じる財の多くは、不正に蓄えられたものだと云っても過言ではない。近年、不正を働く官吏が多い。それを取り締まる立場にある參だからこそ、その実態は看過できない憂慮すべきものだったのだ。
 問題なのは、行為それ自体を不正と自覚して不正を働く者は多くないことだ。
 当然の権利として半ば公然と賄賂を要求し、それを受け取る風潮が官界を支配していた。その風潮は身分の貴賎、官の上下に関わらない。上は皇族に連なる高貴な身分に属する者から下は市井の下吏に至るまで、官を利して蓄財に励む者の数は計り知れないのだ。
 そうした風潮の中で、好むと好まざるとに関わらず、參の名前は清廉な官吏として広く朝野に知られていた。もっとも当の本人にしてみれば、そうした評判を聞いたところで苦笑いするだけだったろう。

 程なく、騒ぎは近づいてきた。
 狭いが趣を凝らした庭の彼方に一群の人々が群れているのが參の目にも映ったのだ。
 それらのうちの一人が、庭の彼方に目を向けている參の姿に気付いたらしい。額の汗を拭いながら足早に歩み寄って来たのは里長の李吉だった。
「旦那さま、お騒がせして申し訳ありません。ただ、わたしらには、どうしたらいいのか、皆目見当のつかぬ有様でして」
「先ほどから何やら騒がしいとは思っておった。しかし特に争っている様子でもなし、近づいてくるようだったから、こうして待っておったのだよ」
 參は穏やかに言った。いささかも騒ぎを責めるような雰囲気はない。何事も無かったような口調だ。「それでいったい、どうしたと云うのだね」
「子どもです、実は小さな赤子なのですが……」
 吉は言い難そうに、曖昧に語尾を濁らせた。

《続く》





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