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いつか見上げる空の色(36) 


「これが嘘だと思ったら、今夜、コウさんに尋ねてみればいい。今どんなバイトに行ってるの?――、ってね。ここから先は僕が口を挟む問題じゃない。どうしたらいいかは君が考える事だ、そうだろ?」
 ぼくには中根さんの視線が刺すように痛かった。それに絶えられなくなって、ぼくは窓の外に視線を逃がした。
 重い沈黙。
 中根さんも押し黙ったまま、まるで決断を迫るように、ぼくの顔を眺めているだけだ。
 喫茶店の店内に流れていた静かな音楽の音色と、他の席から聞こえてくる内容までは聞き取れない会話の気配だけが響いていた。まるでぼくら二人の上に覆い被さってくる沈黙を強調して演出しているみたいだ。
「あ……」
 ぼくの口から呟きが漏れた。
 窓の外の小さな異変に気づいたのだ。今まで乾いて灰色っぽかったアスファルトの路面が静かに音もなく黒く染まっていく。雨だった。
 路面が一様に黒く染まるまで、それほど長い時間はかからなかった。
 しとしと降ると言うには少し控えめすぎるかな――、という程度の雨で、決して激しい降りじゃない。それでも風に煽られた雨の飛沫がガラスの窓に小さな滴となって残っていた。ぼくが見守る中、小さな滴同士はくっ付きあい、やがて大きな水滴になって流れ落ちていった。
「ごめんなさい、もう帰らなきゃ……」
 ぼくは口の中で小さな声で呟いた。「洗濯物、乾したままだから……。雨が降り出したから帰らなきゃ……」
 喉がカラカラだった。
 自分の声がざらついているようにすら聞こえた。
 急に水が飲みたくなって、ぼくはテーブルの上にあった氷の浮かんだコップを手に取ると、一気に飲み干した。ポケットに手を突っ込んで五百円硬貨を取り出すとテーブルの上に置き、ぼくは席から立った。そして店の入り口へと、もう振り返ることなく歩き出す。
 中根さんは何も言わなかった。
 黙ったまま、ぼくを見送っただけだ。中根さんの視線を背中に感じながら、ぼくは何も考えずにロボットみたいに歩き続けた。

《続く》






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