FC2ブログ
08« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.»10

木枯らしの向こうに(1) 


「あれっ、工藤は?」
 教室中を見渡して、俺は驚きの声をあげた。どこにも工藤真琴の小柄な姿が見当たらないのだ。
「あいつならカバン持って出て行ったよ、きっと帰ったんだろ」
と何事もなげに伊藤。
「それ、やばいよ、だって工藤のやつ、連絡帳にサインしてないし」
「いいじゃん、適当に真似して書いとけば」
 石川も伊藤に同調した口調だ。「それにあいつが独りで掃除してってくれたんだしさ、サボりじゃないだろ」
「あのね……」
 文句を言いかけて、慌てて俺は口をつぐんだ。ここで言い合ってる暇はなさそうだからだ。「ちょっと探してくる、お前たちは帰らずに待ってろよ」
 それだけ言って俺は教室を走り出た。

 生徒だけしか知らない内実はともかく、いちおう俺たちが通っている学校は中高一貫の歴史のある進学校ということになっている。少なくとも歴史だけは長かったし、その歴史の長さに比例してなのか、他校と比べて変なルールや決まり事がけっこう有ったりする。
 今、俺が手にしている連絡帳というノートもそのひとつで、その日の掃除が終わったら、掃除当番はサインと問題点を記入して次の係に申し送りしなくちゃならない――、というものだ。記入欄だけはやたらと大きな問題点の記入なんて「特になし」で大丈夫のだけれど、サインだけは各自が自分で――、という約束事が重要で、たまに担任の教師がチェックを入れるので気が抜けない。
 今日の掃除当番は俺たち四人だ。しかし俺と伊藤、石川の三人が他愛のない雑談に夢中になっている間に、どうやら真琴は独りで掃除を終わらせて俺たちには何も告げずに帰ってしまったらしい、しかもサインするのを忘れて。

「工藤、ちょっと待って!」
 ようやく真琴に追いついたのは校門の手前だった。
 俺の声に気づいたらしく、真琴は足を止めて振り返り、俺のほうを見た。息を切らせて走って来て、はあはあと肩で息をしている様子を下校する他の生徒たちが失笑気味に眺めている中、俺は連絡帳を真琴に差し出した。
 どちらかといえば長身の俺に比べたら、真琴は頭ひとつ分は低い。そんなこともあってメガネの上縁ごしに上目遣いに俺の様子を窺い見ながら、俺が差し出した連絡帳を受け取った。
「ああ、そうか。名前を記入するのを忘れてたんだ、ごめんなさい」
 それだけ言うと制服の胸のポケットに挿してあったシャーペンを取り出して、真琴は連絡帳のページをめくった。そして細くて端正な文字で署名を済ませると、再び連絡帳を俺の手に返してくる。
「あ……」
 それは短い時間だったけど、俺の目は真琴の指先に釘付けだった。
 と言っても別に真琴の指を初めて見た訳じゃない。ただこうして注視する機会なんてなかったし、なにしろ無骨としか言いようのない俺の指と比べたら、まるで違っていて、なんて細い指なんだろう……、と驚かずにはいられなかったのだ。
「それじゃ、また」
 真琴は小さく頭を下げると踵を返し、校門に向かって歩き出した。
「今のは絶対、わざとだよな……」
 俺は真琴の後姿を見送りながら、ポツリと呟いた。
 真琴が俺に背を向けようとした瞬間、妙に意地の悪そうな笑みが顔に浮かんだ――、ような気がしたからだ。もちろん一瞬のことだったし、単なる見間違えかもしれない。しかしあの笑みを見た途端、どんな理由や意図があったのか分からないけど、わざとサインを忘れたようにしか思えなかったのだ。

 工藤真琴は一学期の途中に新しく入ってきた転入生だ。
 うちの学校は中等部と高等部に分かれていて、ごく少人数だけ募集をする高校入試はあるけれど、ほとんどの生徒は中等部からの持ち上がりだったりする。だから高等部に入ってからの、しかも学期途中の転入生というのは非常に珍しい。
 しかし俺にとってはそんな事以上に謎めいた――とでも言うしかない存在だった。
 たまたま真琴の席は俺の斜め前だ。
 だから俺は授業中に全く気のない様子で窓の外を眺めてる――、そんな姿をよく目にした。初めの頃は先生たちもそれを見つけては注意していたのだけれど、ずいぶん意地悪な質問されても質問の趣旨を十分に理解して的確に答えてしまうし、定期試験の結果は最上位に名を連ねているものだから、数ヶ月もしないうちに授業態度に関しては放置状態という有様だ。まあ出来る生徒は放っておいても出来るから、その分を不出来な生徒に振り向けよう――、という方針らしいのだけれど、いつも中の下くらいの成績で必死で足掻いている俺にとっては驚き以外の何者でもない。
 勉強以外にしても、もともと口数が少ない性格なのか、少なくとも真琴のほうから積極的にクラスに馴染もうという思いや考えは微塵もないようで、いつまでたっても自分の殻に閉じこもっているという印象が強かったし、会話する機会を自ら避けている様子で何を考えてるのかさっぱりわからない。
 たった今の出来事みたいに。
 だから妙に気まずく、何ともなしに仲間外れという雰囲気になってしまうのだ。

《続く》




ブログのトップページはこちらから。

記事がお気に入りましたら、ポチッとお願いします。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
スポンサーサイト