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南十字に続く道(12) 


「なんとなく分かっただろ、それじゃそっちの問題集、貸してみて」
 ぼくは机の上に放り出されたままだった問題集を指差した。おそらく教科書とセットで、買わされたやつ。ぱらぱらとページをめくっていくと、ほとんど新品と変わらない、真っ白なままだ。
「この問題は同じパターンでいけるはずだからさ。こっちは宿題じゃないけど、数をこなせばできるようになるから、頑張ってみて」
 昌巳は、頷きながら無言で問題集を受け取りると、すぐにシャープの先で問題をなぞり始める。一分近く、そうやりながら問題を凝視していたと思う。そして問題集の回答欄に、シャープを走らせ始めた、その時。
 大きな音がして、昌巳の部屋の入り口が開いたのだ。
 ぼくと昌巳は驚いて顔を上げ、音のした方向へ目を向けた。
「へー、本当だ、まーくんが勉強してる!」
 どことなく昌巳に面影の似た、たぶんぼくよりも幾らか年上の若い女性がお盆を片手に持ったまま、ぼくらの様子を笑いながら眺めていた。「はいはい、お二人さん。休憩時間よ、なれない事をすると知恵熱が出るからね、まーくん」
「姉ちゃん!」
 昌巳の甲高い声が響いた。
「いつも弟の昌巳がお世話になってます!」
 耳に心地のいいハスキーな声が響いた。それは冗談みたいな軽い口調だ。でも、からかわれているような感じじゃない。とても親しみのこもった――、そんな感じの声。「噂の委員長さんね。いつもまーくんが言ってたから、一目で君だってわかった。えっと、あなたが御厨くんね」
「も、もう、止めてよ、姐ちゃんだら!」
 顔を真っ赤にして、昌巳が叫んだ。「もう、ぺらぺらと……」
「ぺらぺらと、なんなの?」
 ぼくらを眺めながら、昌巳の姉さんは微笑んだ。
 なんだか迫力のある笑顔で、たちまち勢いを殺がれて昌巳はうなだれてしまう。その様子を見て、ぼくは我慢できずにクスクスと笑った。それからまだ自己紹介してないことに気づいて、慌てて頭を下げた。
「あ、はじめまして、御厨聡です。いつも堀田くんには」
 ぼくはそこで言葉を切って冗談めかして付け加えた。「お世話させてもらってます」
「でしょ」
 昌巳の姉さんも笑った。「まーくんは、ほんとに世話の焼ける弟でねー、でも可愛いけど。わたし裕美です、よろしく、御厨くん」
「もう、委員長まで!」
 昌巳の大袈裟なふくれっ面を見て、ぼくと裕美さんは吹き出した。裕美さんは昌巳よりずっと長身で――もちろん昌巳が小柄すぎるのもあるけど――、すらりとした、なかなかの美人だ。ずかずかと部屋の中に入ってきて、茶器を載せたお盆を机の上に置くと、ぼくらが広げていた問題集を覗き込んだ。
「へー、数学やってたんだ」
「うん、そうです」
 ぼくは頷いた。「でも飲み込みが早くって、教え甲斐がありますよ」
「そうなの? ちょっと信じられないけど」
 裕美さんは不思議そうに首をかしげた。「あれは中学のときかな、宿題を手伝ってあげたことがあるけど、課題を広げたまま、半日くらい固まってたからねー、まーくんて」
「そりゃ姉ちゃんの教え方が悪いせいだよ」
 ようやく反撃の糸口がつかめたように、昌巳は得意顔で勢い込んで口を開いた。「委員長は丁寧に、わかりやすく、優しく教えてくれるから」
 昌巳は『優しく』をやたらと強調した。
 裕美さんは、きっと優しくはなかったんだろうな、って思ったし、その光景が目に浮かぶ。賑やかで微笑ましい光景だ、もちろん傍から見れば――、だけど。
「はいはい、わたしが悪うございました」
 その言葉とは裏腹に、裕美さんは微塵も悪びれた様子がない。「あ、そうだ。まーくんの携帯、貸してみてよ」
「え、携帯? なんで?」
 疑問顔で、ごそごそとポケットから携帯を取り出すと、昌巳は裕美さんに素直に携帯を手渡した。よく仕込まれてるな、思わずそう感心したほどだ。
「ご自慢の委員長さんとツーショットで撮ってあげる」
「もう、姉ちゃんたら!」
 昌巳は叫んだ。それからぼくの方へ向き直って、ぺこりと頭を下げた。でも、まんざら嫌そうな感じには思えない顔だ、もちろんぼくも嫌じゃない。「ほんとにすみません、へんな姉ちゃんで……」
「それじゃ撮るからね、もっと近づいて!」
 裕美さんが手振りでもっと近づくように合図した。それにあわせて、昌巳がぼくに身を寄せてくる。ぼくも遠慮がちに、そっと昌巳の肩に手を回した。
 フラッシュが閃いた。

「さて、勉強を続けなくちゃな」
 裕美さんが持ってきてくれた煎餅をかじりながら、ぼくは昌巳に声をかけた。昌巳は昌巳で、嬉しそうな顔をして携帯を眺めている。「姉さん襲来って感じだったな」
「でしょ、いつもこき使われているんですよ、お菓子買ってこいとか、アレもってこいとか、あごで使われてます」
 昌巳の大袈裟なため息に、ぼくは笑った。
「でも、イヤじゃないだろ」
「うん、悔しいですけどね。そのときは、むかーっとするんですけど……。ほら見てくださいよ、委員長、すごくよく撮れてるから」
 ぼくは手渡された携帯の画面を見た。
 画面の中の昌巳は満面の笑みという感じで、ぼくは昌巳の肩に手を回した姿で、ぎこちなく笑っている。なれなれしいかな――、そう思ってドキドキしたけど、まったく気にした様子はない。
「そういえば」
 昌巳の声に、ぼくは顔を上げた。「姉ちゃんも言ってたけど、ご飯食べていってくださいね。今日は遅くなってもいいんでしょ」
「う、うん」
 ぼくは曖昧に返事をした。
 少なくとも、ぼくには問題はない、問題があるとすれば父さんだ。ぼくは壁の時計を見た。もうすぐ五時になろうとしている。時報みたいに律儀な連絡までには、まだ間があった。まず帰ってこないとは思うけど、先に連絡しておこう――、ぼくはそう思い、自分の携帯を取り出した。
「遅くなってもいいようにメールするよ」
「やったー」
 嬉しそうに昌巳が叫んだ。「それじゃ勉強しないと。せっかく委員長が教えてくれるんだから!」


《続く》




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