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南十字に続く道(1) 


 六時きっかりに携帯メールの着信音が鳴った。携帯を取り出して見なくても、ぼくには内容はわかっている。
 時報みたいに律儀なそれは、父さんからだ。今日は帰らない、いつも同じで、たった七文字、それだけが書かれたメール。父さんには母さん以外に好きな人がいて、つまり、そちらに泊ってくる――、そういう事だ。
 どっと疲れたような気がして、ぼくは開いたままの本のページから顔を上げた。
 閉め切った窓ガラス越しに、セミの鳴き声と、グランドの部活の連中の間延びした声が聞こえてくる。もう暦の上では秋になったかもしれないけど、まだ九月だから夕方になっても暑いし、まだ明るい。
 しかし図書室は間もなく閉館時間だった。
 片付けるべき作業は既に終わらせてあるから、少なくとも図書室に二人で残っている理由は何もない。
「さて、堀田、そろそろ閉めようか、もう誰も来ないと思うし」
「あ、はい。委員長」
 ぼくが腰を浮かせながら目を向けたとき、貸し出しカウンターに座っていた一年生の堀田昌巳は、そわそわしながら、あわてて目を膝に落とした。さっきから、ちらちらとぼくを見ていたのは気づいていたから、何か話でもあるのかな――、そう思いながら、軽く誘うように微笑みかけてみる。
「ん? 何か用事だった?」
 そんな笑い方は自分ではあまり好きではなかったけど、それなりの効果はあったらしい。その瞬間、パッと昌巳の表情が明るくなったからだ。それまで話しを切り出すきっかけを掴みそこねていたのだろう――、ぼくはそう思った。
「委員長、えっと、あのですね、つきあってくれませんか」
「つきあうって、どこへ?」
 ぼくは絶句気味で、ずり落ちかけたメガネを中指で元に戻しながら訊ね返した。「それともまるで別の意味、なのかな?」
「あー、ええと、紛らわしい言い方しちゃいました、すみません」
 そこまで言って昌巳も絶句し、耳たぶまで真っ赤になった。たぶん、ぼくの言った『別の意味』が、わかったのだと思う。「わっ、ごめんなさい、変なこと言っちゃいました」
「いいんだ、もう一度、落ち着いて話してごらん。そうだ、深呼吸すると考えがまとまるかもしれないよ」
 きっと素直な性格なんだな、そう思いながら、ぼくは目を細めて昌巳を見守った。ぼくが思いつきでアドバイスしたとおり、昌巳は軽く目を閉じて深呼吸を始めたからだ。薄い夏の制服の胸が大きく上下した。一度、二度、そして三度――、って。
 昌巳の顔は中学生を通り越して、どこか小学生みたいな子供っぽい童顔だ。
 今まで図書委員の当番とか仕事をサボった事はないはずだ。いくらか不器用なところがあるのか、なかなか図書室の作業にも慣れなくて、些細な失敗も多かった気がする。基本的には目立たないし、少し早合点する癖があるけど、真面目なやつ――、それが今までの昌巳の印象だ。
 でも今の様子を見ていたら、その印象が少し変わった気がする。なんだか妙に微笑ましく、かわいらしい――、そんな感じに。
 ぼくは立ち上がりかけてたことを思い出して、再び椅子に腰を下ろした。
「えっと、うちの姉さんが映画のタダ券をくれて、でも期限が明日の土曜日までなんです、それで委員長の予定がなくって、もし暇だったら一緒に行けたらいいな、って思って」
「それだったら、彼女とか誘えばいいのに、そのほうが楽しいよ。ぼくなんかよりも」
「だって、いませんから、彼女なんて」
 少し拗ねたな言い方に、ぼくはついに吹き出した。耐えきれずに笑い出したぼくを、ほんの少し恨めしそうに上目遣いで見ながら、昌巳は話を続けた。
「姉さんにも、いい娘とか、彼女とか、ガールフレンドとかって、そんな感じで散々茶化されたけど、でも俺、クラスの友たちを誘うのもなんか癪だったし、それに、あの……」
「あ、それでぼくなんだね。それじゃ残りものって感じなんだ」
 昌巳が言いよどんだ隙に、ぼくは笑顔で突っ込みを入れた。「福があっていいかもな、そういうのも」
「すみません」
 ほんとに申し訳なさそうに、昌巳は頭を下げながら、もじもじとした様子で付け加えた。
「でも、あの、そんなんじゃないですから、委員長は俺の憧れの先輩で……」
 その最後の言葉は消え入りそうだった。
 懸命に話す昌巳の様子を見ていると可哀想になってきて、ぼくの顔から自然に笑いが消えていた。
 ぼくのことを憧れの先輩、そう思ってたのはお世辞抜きで本当なのかもしれない。でも、それを言うつもりはなかったのだろう。それを無理やり言わせてしまったような気がして、無性に自分に対して腹立たしく思えてくる。
「堀田は謝ってばかりだな――って、ぼくがいじめたからだな、ごめん。今の冗談だからさ。で、何の映画だったっけ?」


《続く》




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