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少年剣士の憂鬱(13) 


 ふだんから道場を挟んで反対側、郁優館の方向へ行かないということはない。
 その途中には、大きなゲーセンがあったりするし、数は少ないけど、友達の家があったりもする。
 それでも小学校の学区が違うんで、ちいさな頃は、そっちに行くことは少なかった。自転車に乗るようになってからは足を向けることも多くなった。でも今日みたいに歩いていくのは、とても久しぶりだった。
 なんだか景色すら変わって見えた。
「あそこが郁優館だ」
 僕らの住んでる町は平地のど真ん中で平べったいから、少し背の高い建物は、どこに建ってても、すごく目立つ。
 郁優館の校舎もその一つだ。
 僕らの通ってる公立の中学の校舎は、ほんとうに野暮ったくて、ただの四角いコンクリートの塊で――まあ、かなり極端な形容だけど――、それに比べると郁優館の建物はなんだか洒落た感じのする洋館風の三階建ての校舎だ。
 しかもてっぺんには更に赤い尖がった屋根の時計台まで付いてるから、町中の少し開けたところからだったら、どこからでも見ることができた。だから目印にするにはちょうどいいし、それさえ見えれば方向を見失うこともない。今も、あそこまでなら二十分もかからないな……、そう思いながら、道場を後にして僕は歩き出したのだ。
「このあたりだよな」
 僕は交差点に立って、少しキョロキョロと見渡した。
 教えてもらった和菓子屋は目の前にあった。
 まったく関係ない話だけど、その店は大福餅が美味しくて評判で、祖母の家に行くときのお土産はいつもソレだったりする。
 だからその店頭は、かなり見慣れた光景だ。
「あっち行ってみようか、裏だって言ってたから」
 僕は和菓子屋の建物に沿って細い路地に入った。
 そこはどこにでもあるような静かな住宅地で、それといった特徴はない。どちらかといえば古そうな家が多くて、そのせいか庭木も大きく茂ってて地味な感じがする。時間のせいか、道を歩く人の姿もあまりない。
 僕は歩きながら、少し不安になってきた。
 もっと詳しく聞いとけばよかったな、そう思いながら、とりあえず一軒一軒、表札を確かめながら、歩いていく。
「あれ、着物なんか着てるけど」
 数軒先の家から着物を着た若い女の人たちが、数人出てくるのが見えた。
 僕なんてまるで目に入らない様子で賑やかに話しをしながら近づいてくる。すれ違いながら、なんだろうかと僕は思った。
「あ、この家かな」
 表札に佐々木とあったので、僕は足を止めた。
 そこは、さっき着物の人が出てきたと思しき家だ。
 念のため、僕は次の交差点まで家々の表札を順番に見ていった。佐々木という家は、その一軒だけだったから、おそらく間違いないだろう。そう思うと、少しホッとした。とりあえず、たどり着けたのだ。
「ごめんください!」
 僕は大声を出した。
 そのまま待っていたけど、何の反応もない。
 留守かなって思ってキョロキョロしてたら、玄関の横に呼び出しのボタンがあるのに気ついて、あわてて押す。どこか遠くでチャイムの鳴る音がした。
 そのまましばらく待っていると、入り口の格子のすりガラス越しに人の影が動くのが見えた。
「はい」
 その声は少し甲高くて、それは聞きなれた佐々木の声だ。
 それを聞いた途端、妙に嬉しくなってくる。やっぱり来てよかったな、って思う。
「こんちは、岩城です」
「ちょっと待っててね、いまカギあけるから」
 ガラガラと音がして、引き戸が開いた。そして佐々木の姿。水色のパジャマを着て、その上に薄手のカーディガンを羽織っている。
「あ、寝てたんだ、ゴメン。これ渡そうと思って道場に持っていったんだけどさ、いなくって……。これ渡したら、すぐ帰るから」
 手に持ってた紙の袋を手渡した。
 その中には洗濯済みの佐々木の服がはいっている。
「よく来れたね」
 佐々木は首をかしげた。「ここに来たのって、初めてだよね?」
「大先生に佐々木の家を教えてもらったんだ。少し心細かったけど、表通りのお菓子屋は知ってたからさ、なんとか来れた」
「ありがとう、来てくれて。あれから風邪ひいちゃってさ」
 佐々木は笑いながら言った。「あ、でも、もうすっかり大丈夫だよ、心配かけちゃったかな。学校も休んだし、すごく暇だから、いまもテレビ見てたんだ」
「元気そうで良かった。ちょっと心配だったんだ、風邪って聞いたとき」
 僕は佐々木の顔を覗き込んだ。いつもみたいに白い顔だったけど、熱っぽい様子でもない。少なくとも調子の悪そうな感じじゃない。
「ごめん、無理に誘ったから、きっと湯冷めしたんだ」
「うん、いいんだ。岩城くんのせいじゃないよ、お風呂も楽しかったし。それに、それほど酷い風邪じゃないからさ。ちゃっちな頃、ひどくこじらせて肺炎になってしまった事があってね、母さんが今でもそれを気にしててさ。ちょっとした風邪でも外に出させてくれないんだ、だから学校も休んじゃったし」
「ならいいけどさ」
 その話を聞いて、僕は不安になった。いつも色白なのは、そのせいかもしれないって思ったのだ。「それじゃ、僕は帰るから。ほんとに早く治るといいな、大先生も早く治れって言ってたよ」
「とおるくん、そんなところで何してるの」
 家の中から女の人の声がした。
 やさしそうな声だ。
「あ、母さん」
 佐々木は振り返った。「道場で一緒の岩城くんが来てくれたんだ」
「こんにちは」
 こういう時はどんな挨拶をすればいいんだろう、って一瞬考えてから、僕は奥のほうへ向かって緊張気味に大声を張り上げた。「いつも佐々木くんには、お世話になってます」
「こちらこそ、お世話になって」
 玄関に現れた佐々木のお母さんは、僕に向かって丁寧に頭を下げた。それを見て、僕は初めて佐々木が道場へ来た日のことを思い出していた。丁寧で物腰の柔らかな様子が、そっくりだったからだ。
 佐々木に似て色白の綺麗な人で――どっから見てもタダの頑丈そうなオバサンの僕の母さんと比べようなんて気が起きないくらいだ――、ずいぶんと若く見えた。白っぽくて牡丹だろうか、大きな花の柄の着物を着ている。
「母さん、岩城くんの服。持ってきてよ」
「ああ、そうだったわね、応接間にあがって待っててもらって」
「岩城くん、玄関じゃなんだからさ、こっちへ来て」
「うん」
 僕は招かれるままに玄関へ入った。すばやく見渡すと、広い玄関で、すみのほうに履物が一足、きちんと揃えられて置かれている。それは着物を着るときに履くようなやつだったから、きっと佐々木の母さんのものだろうって、僕は思った。


《続く》



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