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少年剣士の憂鬱(4) 


 数日後。
 その日の最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴って、ほっとしたような顔をして皆がどやどやと立ち上がった時。
「なあ、岩城」
 後ろから声をかけられて僕は振り返った。
「今日、おれ掃除当番なんだけどさ、すまないけど代わってくれないかな、ちょっと野暮用ができちゃってさ」
「別にいいけど、僕は来週だけど、それは大丈夫かい?」
「来週ね、了解、それじゃ頼むわ」
「あっ、しまった!」
 後姿を見送りながら、僕は小さく叫んだ。
 今日は稽古の日なのに、うっかり引き受けてしまったのだ。僕には頼まれたら断れない、二つ返事で『わかった』なんて言ってしまう、そんな欠点ていうか、癖がある。それが原因で何度も苦い目に会ったし、そのたびに何度も反省してきたけど、少しも直らない悪い癖だ。現に今だってクラスメートに声をかけられて、何も考えずに返事してしまった。いつだって後になって必ず後悔するし、でも後悔するだけで、まるで学習能力がない。
 そんな苦い思いがこみ上げてきて、もう後の祭りだったけど僕は苦笑するしかない。それに、さっきのやつは、それほど親しくつきあってるやつじゃないのだ。
 どこのクラスでも同じだと思うけど、クラスにはいくつかのグループがある。あいつは、いつもは別のグループでつるんでて、あまり話すやつじゃない。だから本当は、そいつらに頼めばいいのだ。順とは遠い親戚だって話で、けっこう仲よさそうに話しているところを見たことがある。
(ちぇ、だったら順に頼めばいいのにな、なんだって僕に……)
 そんなことを思いながら、順の姿を探した。しかし、もう帰ってしまったのか、その姿はどこにも見当たらない。稽古には少し遅れるから――、そう伝言を頼もうと思ったんだけど。
(やられたあ)
 そう思いながら、しかたなく机を運び始めた。理由はなんであれ、身代わりを引き受けてしまったからには、さっさと手っ取り早く終わらせるしかない。
「岩城くん、あなたは後藤くんの代わりだったよね」
 女子の一人が、少し尖がった口調で僕に話しかけてきた。後藤ってのは、さっきのやつの事だ。
「うん、そうだけど。ついさっき、頼まれたんだ、代わってくれれないか、って」
「そう。それじゃ、あとの二人はサボりってわけね」
「マジかよ、それってウソだろう!」
 僕は思わず叫んでた。それから手を休めて、あらためて教室の中を見渡す。もう掃除当番以外のやつは、さっさと教室から出ていってしまったらしく、教室の中はガランとしてた。いや、ガランとし過ぎてた。掃除当番は男子と女子の各三人で六人のはずだ。なのに、男子は僕一人だけで、どれだけ数え直しても四人しかいない。
「これって最低じゃん」
 僕は大袈裟に溜め息をついた。しなきゃいけないのは教室の掃除だから、特に力仕事というものでもない。だけど、なんとなく男子担当って作業もある。後の二人がサボりってことは、それを一人でこなさないといけないってことだ。
「そういうことだから、よろしくね」
 さっきの女子が気の毒そうに僕の顔を見て、笑った。
(ちぇ、これじゃ早くても三十分くらい遅刻かあ……)
 僕は机を運びながら、掃除なんて上の空で道場の様子を思い浮かべていた。
 掛稽古では、あれから何度か佐々木と組んだことがあった。まだ佐々木とは挨拶以外の言葉を交わしたことはない。どうも初めてのときの印象が強烈で、つい目を逸らしてしまうのだ。でも面をとおしてなら、まっすぐに見つめることができた。そうしない限り、生半可なことでは打ち負かされてしまうからだ。いつも面の向こう側から僕を見てる、落ち着いた澄んだ瞳を僕は思い出した。
 佐々木の剣道は本当に端正だと思う。それは竹刀を構えてる時だけじゃない、立ち振る舞いから、座ってるときの行儀に至るまで、なにもかも。剣道の『道』って、こういうことなんだなあ、って感心さえしたのだ。
 僕らのは佐々木と比べると、まるでチャンバラ遊びじゃないかと思うときがある。佐々木の剣道は、技の切れといい、所作、動作、立ち振る舞いといい、とても優雅で隙がない。流れるような華麗な身のこなしに、正直に告白すると僕はうっとりと眺めてしまうときがある。僕も佐々木みたいになりたいな――、そう心から思うときがあるのだ。
(そういえば今日は大先生も若先生も不在で、自主稽古だったっけ……)
(あっ、まさか!)
 なんだか悪い予感がした。
(あいつら、なんか企んでるんじゃ)
 まだ根に持っているらしいのだ、あの三人は。
 大先生たちの目が届かないとなれば、何をするかわらない。いつもは一緒に道場へ行く順も、今日はなんの断りもなく、早々と帰って行ったみたいだし、妙に符合が合い過ぎてる気がする。それに前の稽古のあとだったか、コソコソとなにやら話し合ってて、僕が近づいたら急に話をやめた、なんてこともあった。そのときは気にもならなかったけど、何か悪さをたくらんでいることは確かな気がしてきたのだ。
(おい、まさか、あいつら……)
 僕は確信した。乗り気じゃない僕を外してまで、もう一度、やるつもりなのだ。そう思うと、いても立ってもいられなかった。
「ごめん、急な用事を思い出しちゃったんだ。この埋め合わせはきっとするからさ」
 あっけにとられて見送る女子の強く咎めるような視線を背中に感じながら、僕はそう叫ぶように言い残し、教室から飛び出した。


《続く》




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