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少年剣士の憂鬱(38)【最終回】 


 佐々木と僕は本堂の縁に腰を下ろして足をブラブラさせたまま、空を眺めていた。
 しっかりと手をつないで、あの原っぱからお寺に戻ってきたときは、まだ空は暗かったはずだ。でも今は、空に青みが戻りつつあった。夜空を飾る星が一つ一つと消えていき、あたりの景色が次第に色彩を取り戻していく。
 まるで夢見たいな夜だった――、僕は心からそう思った。
 でも夢じゃないのだ。今も重ねている手から伝わる温もりが、その証だった。僕らは互いに肌を重ねあい、思いを確かめ合ったのだ。それは誰にも言えない二人だけの秘密だったけど、その記憶はしっかり二人の胸に刻まれたのだ。僕はそれで満足だった。それは佐々木だって同じだと思うのだ。
 まだ空を見上げたままの佐々木の横顔を、そっと僕は盗み見る。
 整った綺麗な横顔だと思う。初めて道場で会った時、妙に落ち着かない気分だったことを今でもはっきりと覚えている。あの瞬間から、それと気づかないまま恋に落ちてたに違いない。甘酸っぱい暖かな気持ちが溢れてきて、泣きたいような笑いたいような、なんだか妙な形容できない気分になってくる。
「ん? どうしたの」
 僕の視線に気づいたのか、佐々木は僕の顔を不思議そうに見た。いつもの癖で、思わず目をそらしそうになる。そうだ、何か話さなきゃ――、とっさにそう思い、昨日、佐々木が怒ってた訳を尋ねていないことを思い出した。
「昨日、怒ってただろ。全然、訳がわかんなかった」
「康平くんのこと、わざと仲間外れにしようとしてたでしょ、そんなの岩城くんらしくないって思ったし」
「それは、あいつが我がままで……、だから」
 僕は口ごもった。
「ううん、違うんだ」
 少し強い調子で佐々木。「だって最初から、駅で出会った時から康平くんのこと毛嫌いしてただろ。みんなの中で一人だけ浮くって、すごく辛いんだよ、あの子もそれを敏感に感じてた。ぼくたちが最初に出会ったころ、岩城くんがぼくを助けてくれた、あの時と同じだよ。あの時は本当に辛かった。だからすごく嬉しかった」
「……」
「そりゃ今は、ぼくにとって特別に大事な人だけど」
 そう言いながら顔を綻ばせて、恥ずかしそうに小さく笑う。思わず見惚れてしまうような、そんな笑顔。その笑顔で、あたりが一瞬、明るくなったような気がした。「だけど、みんなと一緒にいるときは、岩城くんがリーダーなんだし、その岩城くんがあんな態度だったから、ちょっとイヤだな、って思った」
「狭かったかな」
 僕は頭を掻いた。
「うん、思いっきりね。でも岩城くんなら絶対、わかってくれる、そう思ったから」
「わはは……」
 僕は笑いながら、空を見上げた。
 いつもの笑って誤魔化す得意の作戦だ。もう青空に埋もれてしまい、星は見えなくなっていた。「もうすぐ朝だけど、中に戻る?」
「このまま一緒に二人っきりでいたい……、誰か起きてくるまで」
 佐々木はそう言いながら、そっと肩を寄せてくる。
「気づかれないかな」
 僕は小声で呟いた、こんなところを誰かに見られたら大変だ――、そう思ったのだ。
 僕は佐々木が思ってるような、立派なやつじゃない。本当は臆病な、そんなことしか思わないような小心者なのだ。しかも時々、考えなしで突っ走ったりする。それだけは確かな気がする。
「大丈夫だよ。みんなは、ぼくが早苗さんのこと好きみたいに思ってるし」
 佐々木は悪戯っぽく小さく笑った。
 なにしろ僕らがこんな仲だなんて誰も知らないのだ。
 そんな小さな秘密を僕らは共有している、つまり両思いなんだ――、そう思うと身体の芯から甘い感覚が湧きあがってくる。胸の鼓動まで急に高まってきて、それを気づかれないかと僕はハラハラしながら、平静を保とうと空の彼方に目を凝らすふりをする。
 太陽が顔を出して完全に朝になるまで、あとどれだけの時間があるのだろう、そんなことを僕はぼんやりと思った。朝になってしまえば、今はいびきをかいている賑やかな連中が起きてくる。
 だけど、それまでは二人っきりでいられるのだ。
 重ねたままの手が妙に熱い。
 この手を決して離さない――、僕は夜明け前の明るく澄んだ青空を見つめながら、心の中でそう誓った。
 この手を離す時――、別れが来るなんて信じられない。僕らは、ずっと一緒だ。
 そう、死が二人を分かつまで。そのときが来るまで。

《終わり》




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