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少年剣士の憂鬱(8) 


「母さん帰ったよ。風呂沸いてる?」
 玄関から入るなり、家の奥に向かって僕は叫んだ。
「沸いてるわよ」
 奥から母さんの声が聞こえた。「みんないるんでしょう、暑かったからね。さっさと入りなさい」
「こんちわー」
「お邪魔しまーす」
 挨拶するのが早いか、靴を脱いで上がるのが早いか、とにかく三人は慣れた感じでドタドタと家の中へ入っていく。勝手知ったる他人の家――、きっとそんな感じなんだろう。僕だって連中の家に遊びに行く時は同じだ。とにかく昔から家族ぐるみの付き合いで、兄弟同様に育ったものだから、遠慮なんて言葉は僕らの間にはなかったのだ。
「さあ、来いよ」
 僕は遠慮気味に最後尾にいた佐々木に声をかけた。
「お邪魔します」
 佐々木は、はっきりした口調で言い、他の連中が脱ぎ散らかした靴まできちんと揃えてから板張りの廊下に上がった。その様子に僕は感心し、そして半ば呆気にとられて佐々木の様子を見守りながら待っていた。
「それじゃ、こっちだからさ、ついてきてよ」
 僕は佐々木の前に立って歩き出しす。風呂場の前についた時、すでにザザッと湯を使う音が廊下まで響いていた。浴室に続く狭い一角に洗面台と洗濯機が置いてあるだけの脱衣場は、三人の脱ぎ散らされた衣類が乱雑に散らかっている。足の踏み場がないというのは少し言いすぎだけど、それに近い状態なのは確かだ。
(……んとにもう、あいつらときたら)
 その惨状を眺めながら僕は心の中で愚痴った。
 まるでそれを見ている僕まで恥ずかしくなってくる気がする。さっきの玄関で皆の靴まで揃えてた佐々木と較べたら、まるで月とすっぽんだ。そう思いながら、僕はひそかに付け足した。少しは見習えよな――、って。もっとも面と向かって連中に文句を言えば「そりゃ、お前もだろ」って、反論されるのがオチだ。でも少なくとも僕は佐々木を見習おう、そう心に決めたのだ、玄関での佐々木の姿を眺めながら。
「これを使えよ」
 僕は廊下に置かれていた洗ったあとの洗濯物を入れるカゴを持ってくると佐々木に手渡した。それは特別なものじゃなくて、近くの百円ショップで買ったスーパーとかの買い物に使うプラスチック製の買い物カゴと同じようなやつだ。
 これで少なくとも佐々木の服とか三人のとゴッチャになってしまうことはない。ゴッチャになってしまっては気の毒だ――、なんとなく自然にそう思えたてしまう。そして備え付けの棚から、タオルとバスタオルを取り出して手渡す。道場の帰りには、こんなことがよくあるから、母さんが気を利かせて予備を置いておいてくれるのだ。
「ありがと」
 佐々木は無口というか、いつも言葉が少ない。
 そのかわり表情がとても豊かというか、気持ちがこもっているというか、彼の顔を見てるだけで気持ちが伝わってくるような気がする。佐々木は僕を見ながら、ちょっとだけ目を伏せて小さく微笑んだ、まるでお辞儀するみたいにだ。そして僕が手渡したカゴを丁寧に、そっと静かに床に置く。そして僕ら二人は、服を脱ぎ始めた。
 僕はそれとなく佐々木に背を向けた。それでも狭くて窮屈な場所に二人だ。背を向けたといっても視野の隅に佐々木の姿が全く見えないわけじゃない。でも逆にそのほうが、ちらちらと見える姿が気になってしまうのに気付いた。
 背伸びするような格好で無造作にTシャツを脱ぐ姿が僕の目に入ってくる。わざとじゃないけど、のろのろと服を脱ぎながら、僕の目は、そちらばかりに行ってしまう。浴室からは、はしゃいでいるのか賑やかな声が聞こえてくる。でもそんな雑音は、まったく僕の耳には入ってなくって、世界中で二人きりになってしまったような気がした。
 その時の体勢もあっただろうけど、背伸びしてシャツを脱ぐ佐々木の身体は、折れてしまいそうなくらい細くて日に焼けしてない白い身体だった。なめらかで、すべすべの肌。思わず手を伸ばして触れたくなってしまう。
 そして身体が細いせいだろう、肩のところの骨が妙に尖って見えていている。
 だけど弱々しいとか、病弱って感じとも違う。少しも無駄がなくて、しなやかな感じがする。とにかく僕らとは種類の違う人間みたいに思えた。もっともゴツくて頑丈そうな佐々木というのも、僕にはまるで想像できなかったのも確かだ。
 それから少し屈んでズボンを脱ぎ、続いて下着に手をかけるのが見えた。
(見ちゃダメだ!)
 唐突に、そう思えて僕は慌てて目をそむけた。その時、なぜそう思えたのか、当の本人ですら、わからなかったけど。とにかく何秒か、いや何十秒のあいだ、僕は固まっていたような気がする。
 ガラガラと浴室を隔てる引き戸の開く音が響いた。
 その余韻が響く中、僕は呪縛がとけたように、ようやく佐々木が立っていたあたりに目を向けることができた。ほんの一瞬だったけど、細くて白い背中と、やっぱり真っ白で、びっくりするくらい長い脚が視野の片隅に飛び込んでくる。
(なんて細っこいんだろう!)
 僕は目を見張った。
 そして思わず反射的に自分の足を見てしまう。
 あの細い足と見比べてしまうと、どうしてもずんぐりとして短い不恰好な足に思えてしまう。きっと佐々木のほうが際立って華奢で細いからだ……、そう気づいたのは湯気の向こう側へ佐々木の姿が消えてからだった。
 でも僕の目には白い背中が鮮やかな残像のように残ったままだ。自分の胸が不思議なくらい高鳴っているのに驚きながら、僕も湯気の向こう側へ飛び込んだ。なにしろここは自分の家の風呂なのだ。いつもだったら少しも気にならないのに、今日に限って妙な抵抗を感じてしまう。そんな動揺を隠そうと平静を装うのに苦労した。
 僕が浴室に入ると、順と太一が浴槽に、大介がシャワーで頭を洗ってる最中だった。もっと小さな頃は四人で並んで浴槽に入れたのだけど、さすがに今は身体が大きくなってしまい、もう無理っぽい。


《続く》




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