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少年剣士の憂鬱(1) 


 僕の通っている道場には更衣室がない。
 女の人たちは大先生の古い防具が置いてある物置を更衣室代わりに使っていたけど、僕たちは板張りの道場の隅っこで、ずっと着替をしていた。僕らが道場に通い始めたのは小学校の低学年だったから、そんなこと当たり前すぎて、全然気にならなかったのだ。
 佐々木が道場に入門したのは、僕らが中学二年の時、季節は衣替えの少し前だったと思う。もうすっかり暖かくなって、なにもかも生き生きと輝くような季節だったはずだ。

「おい、あれ見ろよ」
 いつもと同じように、どやどやと喧しく道場に入ってきた僕らの中で、最初に新入りに気づいたのは太一だった。「あそこに座ってるやつ、新入りだぜ、きっと」
「ああ、女の子が入ったんだな。ちょっと可愛いかも」
「あはは、ってことは一目惚れかい」
「んなわけないだろ、バーカ」
「ふーん、彼女いない歴が年齢とイコールの癖して強がってるなあ」
「そういうお前はいるのかよ」
「まーね、誰かさんとは違うしさ」
「嘘つけ、このバカ」
 稽古が始まるまでの短い時間、見慣れないやつが道場の端に、ちょこんと座ってる姿をちらちら見ながら、僕らはそんな軽口を交わしあっていた。
 僕は、そいつが女子だと思ったまま、少しも疑っていなかった。なぜなら、ひょろっとしてて、色が白くて、髪の毛なんかもふわふわだったし、何よりも決め手は、白い晒の胴着袴を身につけてたからだ。そんな色の胴着を使ってるやつは、僕らの道場だと女子だけだったから、もうそれだけで、そいつが女の子だと決め付けてしまったのだ。
 だから正直なところ、それほど関心を持ったわけじゃない。
 ちょっと目新しいって言うか、いつもと違う、ほんのちょっとした変化に興味を持っただけだ。女の子だったら、どうせ試合とか別だし、いつもの稽古だって手加減したりしなくちゃいけない。それに仲よくなっても、せいぜい同じ道場に通ってる子――、くらいに落ち着くだけだ。僕らは仲間同士でバカなことを言いあったり、じゃれあってたほうがずっと楽しかったし、女の子と付き合うなんて面倒くさいくらいにしか思ってなかった。
「さあ、みんな注目しろ!」
 稽古が始まる直前、整列した僕らの前で大先生は大きな手を叩いた。
 それが僕らの道場では注目の合図だ。僕らの視線は、ひょろっとした感じで、大先生の横に立ってた新入りに集中した。何度も言うようだけど、その新入りが挨拶をして、その声を聞くまで僕は勘違いしたままだった。それは道場の他のやつらも、きっと同じだったと思う。
「佐々木亮と言います。まだ未熟ですが、よろしくお願いします」
 そう短く挨拶し終えると、新入りは僕ら全員に向かって、丁寧に頭を下げた。
「あれ?」
 その声を聞いたとき、僕は初めて「ん?」て思ったのだ。
 ん? 変だ、なんだかしっくりしないぞ……、そんな感じで。
 新入りの声は、緊張していたせいかもしれないけど、まだ声変わりしてなかった僕らよりも、もう少しだけ甲高い声だった。それだけだったら女の子の声だったとしても少しも不自然じゃなかったとは思う。だけど、どこか微妙に違うっていうか、どちらでもないような、変な感じがした。
 変だなって思ったのは、その声だけじゃない。
 お腹のあたりが年相応に横に広い大先生の横に立ってた新入りは、際だって細い身体つきに見えた。それは単にガリガリに痩せてるって感じでもない。頬なんかは、ふっくらと柔らかそうだ。同じ年ごろの僕らと比べても、身体の線が妙に細い感じで、少し押しただけで折れてしまうんじゃないか、って思った。大きくて澄んだ目が印象的な、整ったきれいな顔立ちで、どこから見たって可愛い女の子みたいだった。だから自己紹介が済んだ後、僕が最初に思ったのは、こいつって本当に男なんだろうか……、ってことだ。
「岳志、順、大介、太一」
 僕は名前を呼ばれると――最初に呼ばれた岳志ってのが僕の名前だ――、慌てて顔を上げて、大先生の顔を見つめた。
「はいっ!」
 僕らの重なった声が道場に響いた。
「佐々木はお前たちの組だ、段位はお前たちと同じ初段だからな。ここに慣れるまで、ちゃんと面倒を見てやるんだぞ、わかったな」
 大先生の声にあわせて、新入りは僕らに向かって、もう一度頭を下げた。その様子を見届けると大先生はそれまでの厳しい顔を少しだけ緩めて嬉しそうに笑った。
「これで、お前たちも五人揃ったわけだ、よかったな」


《続く》




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