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お題SS 「そして恋は舞い降りた」 


 新年を迎えてから最初に神社へお参りするのが初詣なら、もう三週間も経っていたけど俺にとっては今日が初詣だ。正月は混んでいて出かけるのも億劫になるし、信心深い性格でもないから、特に初詣がありがたい――、なんて思ったこともない。
 願い事はただひとつ、俺は受験生だから志望校への合格だ。
「げっ!」
 引いたおみくじを一目見て、俺は唸った。「なんで大凶なんだよ!」
 小さな紙片には『願事叶わず、時を待つべし』を筆頭に、ろくな事が書かれていない。まるで浪人せよと言われているようなものだ。唯一、まともだったのは恋愛で『良き出会いあり』、しかし俺にとっては冷やかしに近かった。なぜなら今までの十八年間の人生で彼女なんていたことがないからだ。
「確か、不吉なのは利き手とは逆の手で結べはよかったんだよな」
 おみくじがいっぱい結んである木の枝へと手を伸ばした時だ。背中に視線を感じて俺は振り返った。
 そこに立っていたのは俺と同い年くらいの若いやつだ。背丈もそれほど違わない。もふもふした暖かそうなマフラーを首に巻き、かかと辺りまである長いコートを着て、胸に何かを抱くように持っている。整った顔立ちで、ちょっと見ただけでは男なのか女なのか分からない。
「あの……、人違いだったらすみません。恵ちゃんじゃないですか? 昔、上西団地にいらっしゃいませんでした?」
 少し甲高いけど、それは明らかに男の声だ。
「えっと……」
 俺は言い澱んだ。その団地に以前は住んでたし、それに俺の名前は恵一郎だから「恵ちゃん」って呼ばれていたこともある。だけど最近ではそう呼ぶ知り合いはいない。「どちらさんでしたっけ?」
「僕、涼です、覚えてませんか?」
「あ、そういえば……、でも涼ちゃんて女の子じゃなかったっけ?」
「誤解されてたみたいだね」
 涼は苦笑した。「あれは母さんの趣味で、女の子っぽい服ばかり着せられてたんだ」
「そうだったんだ」
 俺は遠い昔の記憶を懸命に手繰っていった。
 いくつか遊具があるだけの団地内の小さな公園。その公園と自分の家族が住んでいた部屋だけが全世界だった小さな頃。涼ちゃん――、そう呼んでいた同い年の遊び友達がいて、その頃の面影が今も残っている。
「それで今日は何で?」
「絵馬の奉納に来たんだ、ここは受験の神様だし、合格祈願にね」
 涼は腕の中に抱くように持っていた絵馬を俺に見せてくれた。描かれていたのは可愛い女の子で、イラスト風の絵だ。
「俺も同じだよ、合格祈願に来てたんだ。それに上手だなあ、その絵馬の絵」
「ありがとう。高校の部活が漫研だったから、ちょっと絵には自信があるんだ」
 涼は照れたように笑った。
 パッと辺りが明るくなるような、そんな笑顔。思わずドキッとするほどの可愛さだ。
「これ奉納してくるから、それまで待っててくれない? 立ち話もなんだし、一緒にお茶とか飲もうよ」
「わかった、待ってる」
 俺は素直に頷いた。
 魅力的な涼の笑顔に抗えなかったのだ。


 午後の明るい陽射しに満たされた喫茶店で、俺たちは向かい合って座っていた。
 こうして再び会うまでに十数年の時間を経ていたけれど、すぐに打ち解けて互いに恵ちゃん、涼ちゃんて呼び合う仲に戻るまで、それほど時間はかからなかった。
「俺は部活でサッカーやってたんだ」
 もう過去形になってしまったんだなあ、と少し感慨に耽りながら、俺。「ずっと補欠だったし、レギュラーにはなれなかったけど……。まあ楽しかったな」
「そうなんだ」
「うん。さっき漫研って言ってたけど、やっぱり漫画とか描くんだろ?」
 同じクラスにも漫画家になるとか言ってた奴がいた。どんよりしたオタ風で、いかにも――、って感じだ。それに比べて目の前にいる涼は全く雰囲気が違っている。明るくて爽やかで月とスッポンほども違う。
「それもあるけど」
 涼はスマホを取り出し、何か操作した後で俺に差し出した。「こんなこともやってた」
 画面に写っていたのはメイド姿でにっこり笑っている涼だ。
「へえ、コスプレするんだ! すごく似合ってるよ」
「こっちはグインのリギアさん」
 白く輝く甲冑に身を包んで腰に吊った剣に手をかけている。高い身の丈が映えて凛として格好いい。
「すげえ!」
 もう感嘆するしかない。「これって自分で作ったの?」
「まさか」
 涼は笑いながら否定した。「同じ部活にね、裁縫が超上手い女子がいてさ、ほとんどオモチャにされてたって感じかな。まあ中身が男だから、当然、胸ないし、それにボロが出ちゃうから露出度が高くないし」
「だよねえ」
「これなんか、胸は作りものだけどね」
 新しく見せてくれたのは白いドレス風の衣装を着た姿。ちょっと見た感じではウエディングドレスにも見える。「なかなかお気に入りなんだ、これ」
「似合ってるなあ、お嫁さんみたい」
「そういえば誰かさんにお嫁さんにしてやる――、そう言われた気がするんだけど」
 そう言いながら、涼は俺の顔を悪戯っぽく覗き込んだ。
「……!」
 その途端、俺は飲みかけていたコーヒーを思わず噴きそうになり、慌てて飲み下した。
 その台詞には身に覚えがあったし、忘れてしまいたい黒歴史だったから。お嫁さんの意味も分っていないのに「お嫁さんにしてやるから言うことをきけ」みたいな事を周囲の女の子に平気で言う頭の悪いガキだったのだ、俺は。
「あはは……」
 もう笑って誤魔化すしかない。
「団地に引っ越したばかりの頃、仲間外れにされたりして苛められたけど、恵ちゃんだけが一緒に遊んでくれたし庇ってくれて、頼もしく思ってた。お嫁さんにしてやるって言われて悪い気はしなかったし」
 涼は冗談っぽく付け加えた。「今でも恵ちゃんなら――、ってね」
 俺は気恥ずかしさのあまり俯いて、鼻の頭を掻くだけだ。早くこの話題が終わってくれないかなあ――、心の中で密かに祈りながら。


 思い出話に花が咲き、俺たちが店を出たのは午後も遅い時刻だった。街が夕闇に包まれ始める頃、互いに小さく手を振りながら、それぞれの帰途についたのだ。
 夕食後、自分の部屋に戻ってベッドに寝転がり、何気なく天井を眺めていても思い浮ぶのは涼の顔だった。その顔を思うだけで、胸がキュンと締めつけられるように苦しくなる。「おいおい、あいつは男なんだぞ」
 そんな感情に苦笑しながら、俺は自分に突っ込みを入れてみる。「もてないからって男に走るなよ……、俺」
 男同士だから――、そう否定的に考えても胸の苦しさは少しも収まらない。それどころか逆に自分自身に反論してしまう自分がいた。それがどうした、男で何が悪いんだ――、って。
 涼は「今でも――」みたいなことを言っていたけど、あれは俺をからかうための冗談だ、そう言い切る自分がいる一方で、その言葉に縋りたい自分もいる。
 頭が混乱して自分でもよく分からなくなってしまう。

「そうだ、あいつに電話をかけてみよう、ここで悶々してたって始まらないし……」
 もし電話に出なかったら、その時はキッパリ諦めよう、そう覚悟を決めて俺は携帯のボタンを操作した。自分の指先が震えているのを見て、情けないような可笑しいような、なんとも不思議な気分になってくる。
 まるで待っていたみたいに電話はすぐに繋がった。
「恵ちゃんどうしたの?」
「えっと……」
 涼に何を伝えるかなんて、まるで考えていなかった俺は焦った。「勉強の息抜きに映画でも観に行かない? ほら、今、テレビでCMやってるアニメとか」
「ああ、あれかな。いいよ。まだ僕も観てないし」
「よかった」
「で、待ち合わせとか、どうする?」
「あ……」
 涼に問われて、俺は再び言葉に詰まってしまう。
 映画に誘ったのは、とっさの思いつきだったし、そのアニメのタイトルすら思い出せなかった。まして上映の時間なんてまるで知らないのだ。
「少し待ってて。今、調べてみるから」
「ごめん」
 一分ぐらい待っていただろうか。かすかにカタカタとキーボードを打つような音が聞こえていたから、きっとネットに繋いで調べていたのだろう。
「映画が始まるのは二時だから、一時半に持ち合わせでどうかな」


 そして翌日の日曜日。
 俺たちが待ち合わせた映画館は、大きなショッピングモールの中だ。気が急いてしまい、俺が到着したのは約束の一時間近くも前だった。それでも並んで座れる席を確保できたから、俺としては大満足だ。
「先に買っておいたんだ。はい、チケット」
「ありがとう。チケット代は幾らだった?」
「あ、いいんだ、俺が誘ったんだし」
「なら僕がポップコーンとか買うよ、飲み物は何がいい?」
「コーラかな」
 そんな会話を交わしながら、俺たちは映画館に入った。
 日曜ということもあり、映写室内はほぼ満席だった。俺たちが座ったのは、観やすい席で、我ながら悦に入ってしまう。昨夜、電話で映画に誘ったときは、考えなしのヘタレっぷりを晒してしまったけど、これで少しは失点を回復できたかな――、なんて思いながら俺は暗くなるのを待っていた。

 実は映画の中身なんて、まるで覚えていない。
 涼の膝の上に置かれた大きな入れ物から、ポップコーンを取るふりをして、涼の顔をちらちらと盗み見ばかりしていたから。スクリーンからの鮮やかな光に彩られた涼の横顔は美しかった。それをうっとり眺めながら、ため息を押し殺すのに必死だったのだ。
 映画が終盤に差し掛かった頃、涼が俺の右手に、そっと手を重ねてきた。
「あ……」
 暖かで柔らかな感触に驚いて俺は涼を見た。くちびるに人差し指を当てて、何も喋らないで――、そんな仕草をしながら涼は優しく微笑んだ。

 こうして二人の間に恋は舞い降りた。
 キスも抱擁も何もかもまだだったけど、これから先、多くの思い出を重ねていけるに違いない。そんな漠然とした未来を思い描きながら、俺は幸せだった。

《終わり》

《番外編「聖バレンタインの奇跡」へ》




初めてお題SSに挑戦させてもらいます。
欲張りな性格なので(笑)、映画、団地or神社、受験の全部を織り込んでみました。
ちなみに文字数は3964文字で、なんとか制限内に収めることができました。(後半は駆け足になっちゃいましたが…)

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