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厄介事は突然やってくる(1) 


 ぼくは毎日歩いて登校してる。
 それは家から物理的に学校が遠くないこともあるけれど、それ以上に歩くのが好きだからだ。運動は全然得意じゃなくて、いわゆる『運痴』を自認するぼくだけど、歩くのだけは別だったりする。ペースを乱されたり、へんに強制されなければ――路傍の花をしゃがみ込んで見てみたり、人懐っこい猫がいたら触ってみるとか――、てくてくと一日だって歩いていられる自信はある。もちろんお腹がすいたら困るから、お弁当と水筒は持参てことだけど。

 厄介ごとは突然やってくる。
 いつもの道を家へ向かってた時だ。その道はぼくのお気に入りで、川沿いに続く堤防の道。なにしろ見晴らしが良くて広々した感じが気持ちいいし、河川敷の若々しい草の緑が眩しい。そして吹き抜ける風は気持ちいい……、とにかくそんな諸々の理由で、ぼくにはいい事だらけの場所だったのだ。
「おーい」
 背後から声がして、ギコギコと自転車を漕ぐ音が近づいてきた。その声に聞き覚えは無かったけど、ぼくの周りに人影はない。ぼくには別に警戒する理由はなかったし、その声にぼくは振り返った。
 ぼくを追いかけてくるらしい自転車の主は、ぼくと同じ制服で――ってことは同じ学校の生徒なのだし、ぼくとその自転車の間には誰もいなかったから、やはりその声の対象はぼくなんだろう、そう思ったから、ぼくは待つことにした。
 このまま自転車とその主が通過してしまえば、完全な間抜けだな、そんなことを思いながら、ぼくは近づいてくる自転車を見ていた。まあ、その後の展開を思えば、そうなった方が良かったかもしれないんだけどね……、この場合は。
 でもぼくは神様なんかじゃないから、その先のことなど知る手段はなかった。
 追い抜きざまに、ギギーッて耳障りなブレーキの音を響かせて、派手な砂埃をたてて自転車は止まった。そのままガチャンて乱暴に自転車を路肩に倒したまま、そいつはぼくの前に立ったのだ。
 そいつは妙に強張った怖い顔してたから、きっとこのまま殴られる――、そう思って、ぼくは思わす身構えた。そいつは全然知らないやつで、何か話をした覚えもない。もちろん殴られるような心当たりなんて全くなかったんだけど、そういう不幸な間違いって事もあるからだ。
「おれ、ミヤモトコウヘイ、きみのことがズッと好きだった。つきあってほしいんだ」
「って? えっ?」
 ぼくは絶句して、そのまま凍りついた。
 突然の思いもしない言葉に、ぼくの頭ん中は真っ白になってしまったのだ。電池を抜き取られた時計みたいに完全に頭の動きが急停止して、それ以上続ける言葉は何一つ浮かばない。
「これが、おれの気持ちなんだ」
 そう言いながら、今度はぼくの肩を強く抱きしめたのだ。その突然の不意打ちに、ぼくは抗うこともできない。制服越しに――ぼくらの学校の制服はブレザーだ――、すごくドギドキしてる胸の鼓動が伝わってくる。そんなに激しい鼓動を感じたのは生まれて初めてだった。それはそれで少し感動してしまったのは事実だ。その息苦しさに、ぼくは我に返った。
「ち、ちょっと」
 ぼくは意味不明な相手を押しのけようとしたけど、とにかく万力みたいな強い力で抱かれてたから、ぼくの力なんて無駄な足掻きって感じだ。そういうわけで相変わらず、ぼくら二人は道の真ん中で抱き合ったままだった。「は、離してよ、これじゃ話もできないじゃないか」
 ぼくにできたのは、たったそれだけ、弱々しく抗議しただけだ。
「そうだよな、ごめん」
 そう言いながら、そいつは意外とあっさりと引き下がった。それでもジッとぼくの顔を見つめたままで、実際、それは睨みつけるって感じに近かった――、その迫力に負けて、ぼくのほうが先に俯いてしまう。
「あの……さ、それにぼくら男同士だし」
 ぼくは強い視線を意識しながら、それだけ伝えた。唐突な申し出を断る理由なんて、それくらいしか思いつかなかったのだ。
「だよな、でもさ」
 がさがさと妙に慌てた感じで、そいつは胸から何か取り出した。それはぼくも見慣れた生徒手帳で、いつも身に付けているように規則で決まっているものだ。そこに挟まれていた写真をぼくに突きつけるように見せて、そいつは再び話を続けた。「この写真はあとで分けてもらったんだけど、もう一目惚れっていうのか、こいつしかない、って思ったんだ」
「あ……」
 ぼくは再び絶句した。
 そこに写っているのは、ぼくだった。それは間違いない。だけど問題なのは、それがぼくの人生最大の汚点とでもいいたいような出来事のひとコマだったってことだ。それは緑翠祭――ぼくらの学校の学園祭はそう呼ばれてる――の時の写真だったのだ。
「ずっと話そうって思ってたんだ、今日は校門で見かけたから、話してしまおう、そう決心して追いかけてきた、すごく迷ったけど、今しかないって」
 永久に迷ってればよかったんだ――、ぼくは思わず心の中で呟いていた。もちろん口には出せないけど。
 とにかく目前の写真を見せられたおかげで、目の前の彼に対する好感度は真上に放り投げた石が落ちてくるみたいな感じで氷点下まで急降下したのは確かだ。


《続く》




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