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【冬企画番外編】旅立ちの朝(05)《最終回》 


 トイレは古い小さな駅舎に相応しく、タイル張りで少し時代を感じさせるものだった。
 でも見かけは古びていたけど綺麗に掃除されていたし、決して不潔な感じはしない。たぶん洗剤の匂いなのだろう、つんと鼻をつく刺激のある匂いがわずかに漂っていた。
 僕らは手洗い場の大きな鏡の前で向かい合って立ち、僕は少し顔を上げて聡の顔を見つめた。言いたい事、言わなくてはいけない事がいっぱいあるような気がしたのに、何も口から出てこない。
 トイレに来る前に買った切符は既にポケットの中に入ってるし、あと十分もすれば僕らは確実に離れ離れだ――、それを思うと胸が息苦しくなってしまい、何を話していいか見当もつかなかったのだ。
「今朝はゴメンな」
 ぎこちなくて少し息苦しいくらいの沈黙を破ったのは聡だった。ぼそりと言い、それから慌てたように言い足した。「ああ違うか、今朝じゃないな、昨日の夜だった」
「ん? 昨日の夜?」
 僕は首を傾げた。
 とっさに思い浮かんだのは二人で眺めた綺麗な星空で、いったい聡は何を謝ってるんだろう――、そう思ったのだ。
「ほら、その、なんだ……」
 聡は言いにくそうに言い澱んだ。「まるで覚えてないけと、お前の身体をイヤらしい感じで触ったんだろ、それに鼾がうるさくて眠れなかった……、って」
「あっ!」
 僕は小さく吹き出した。
 今朝、大袈裟に言ったせいで、どうやら薬が効きすぎたらしい。「眠れなかったのは鼾のせいじゃないよ。だいたい聡の鼾なんて、もうとっくの昔に慣れてるし」
「……」
 聡は狐につままれたような顔をした。僕の顔を不思議そうに見ているだけだ。
「眠れなかったのは間近で聡の顔を見ていたかったからだし、それに……」
 僕は急にソワソワして口をつぐんだ。
 これから聡に伝えようとしてたこと――、それをこのまま普通に話したらいけないような気がしたのだ。「そうだ、ちょっと耳を貸してよ」
「ああ、いいけど。でも、どうしたんだ?」
 そう言いながらも、聡は素直に少しだけ身を屈めた。
 そんな聡の耳元に口を寄せて僕は静かに囁いた。
「あのさ、大事な話だから、ちゃんと覚えておいてほしいんだ。僕は聡にだったら何されてもいいって思ってる、聡のこと好きだし。だけど……、お酒の勢いってのはイヤだよ」
 僕がそう言った瞬間、聡は耳たぶまで真っ赤になって、身を屈めたまま凍りついたように動かなくなった。
 僕は正面から聡の顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「じ、淳っ!、おまえ何言ってるのか分かってるのか!」
 ひどく狼狽した様子で聡は叫んだ。
 もし僕ら以外に誰か居合わせたら、確実に驚いて僕らを見たに違いない。それほど大きな、上ずった頓狂な声だったのだ。
「うん、分かってるつもりだよ。そうだ、僕もこれからは好きにするから」
 僕はきっぱりと宣言した。そして少し背伸びしながら、僕は自分の唇を聡の唇に静かに重ねたのだ。
「……!」
 呆気にとられて再び硬直した聡の顔を真正面から見つめながら、僕は微笑んだ。
「ねっ、約束したよ、次に泊まりに来たら一緒に寝よう、でもお酒は絶対ダメだからね」



「あはは、あの時の顔ったら」
 僕は列車の窓の外を眺めながら、思い出し笑いを浮かべた。
 窓の外には畑や民家が散在している田園風景が広がっている。
 聡の住む町を発った時は、ほとんど一面の雪景色だったのに、一時間ほど列車に揺られ続けた今は僅かに残っているだけだ。更に一時間もすれば、雪なんて見えなくなってしまうのかもしれない。どんどん後ろに流れていく窓の外の景色を眺めていると二人の距離が感じられ、つい寂しくて心細くなってくる。
 でもまた逢えるんだ、だから大丈夫だよ――、僕は弱気になりかけてる自分に向かって語りかけた。
「次はいつになるんだろうか、ゴールデンウイークかな?」
 自分を勇気づけるように僕は口に出してみた。「ううん、違う違う、春休みだ!」
 あと三ヶ月――、確かに長い長い時間だ。
 でも音信不通になるわけじゃない。
 メールもできるし、たまには電話で声だって聞けるのだ。
 不意に布団の中で聡に身体を触られた時の感触が蘇ってきた。身体の芯が妙に暖かく、仄かに炎が灯ったような、そんな不思議な感覚を伴って。
「ずっと大好きだからね、聡」
 窓の外の流れていく景色に向かって、そっと僕は呟いた。



《終わり》


冬の宝物
「BL観潮楼・冬企画「冬の宝物」参加作品です。





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