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黒き輪廻、蒼天の輪舞(14) 


 翌六月七日朝、チェーザレをはじめとする枢機卿達は法王に召し出され、法王宮の一室に集まっていた。
 それはナポリの王位継承に関する教書承認のためだ。
 法王宮の主、法王の権力は絶大であり、教会では絶対的な権威を持っている。だが少なくとも形式としては枢機卿達の承認が必要だったのだ。
 その枢機卿会議が行われている時、ホアンは控えの間で兄の従者を見かけた。
「ん、あれは……」
 それはホアンにとっては見慣れた、兄の学友でもあったミケロットだ。
 こういった公式の場所では、もちろん黒衣の従者の姿は見えない。
 ホアンはゆっくりとミケロットに歩み寄った。
 本人は鷹揚な――、そうした雰囲気を狙っていたのだろうが、妙に滑稽な芝居じみた姿――、としか見えない。
「なんの用だ……」
 近づいてくる者が主人の弟だと知り、ミケロットは聞こえぬように舌を鳴らした。
 仕方なく立ち上がり、軽く会釈する。
 その時のミケロットは、聖職者である枢機卿の従者にふさわしい質素な服装に身を包んでいた。
 普段のチェーザレに従う時の華美な彼の服を見慣れたホアンの目には、ひどくぎこちなく窮屈そうに映る服装だ。
 下卑た――ミケロットにはそう見えた――、笑みを浮かべながら、ホアンはミケロットに話かけた。
「ミケロット、少し話さないか……」
「ええ」
 ミケロットは曖昧に返事を濁し、チラと枢機卿会議が行われているであろう方向を見やった。自らの主であるチェーザレが、その視線の彼方にある豪奢な室内でいることをホアンに知らせるためだ。
「大丈夫だ、何の心配も不要。ここ法王宮は我らボルジアが城なのだ、どんな敵も、ここでは手は出せぬ。それに今日の会議は長引いているようだ」
「わかりました、ガンディア公爵さま」
 気づかれぬよう密かに溜息をつきながら、ミケロットはホアンに従い歩き始めた。




 ホアンがミケロットを案内したのは奥まった小部屋だ。
 そこは儀式などのある時、貴賓の控え室となる場所だった。ホアンは法王宮では表向きには法王の甥ということになっている。そして肩書きは教会軍総司令官――、職責上からも、どのような場所へも出入り自由だ。暇を持て余していた係りの者はホアンの姿を見て、あわてて鍵を差し出しすと姿を消した。
「おまえ、兄上の『夜の従者』を知っているな。いったい、あれは何者なのだ?」
「はい、確かに会ったことはございます。ですが、お話できるような詳しいことは何も伺ってはおりません……」
 ミケロットは無表情に答えた。
 それは丁寧な言葉だったが、密かに相手を見下した言い方だった。
 しかし鈍感なホアンは、その無礼さに気付きもしない。
「何だ、ミケロット。おまえでさえも知らぬ――、そう言うのか」
 それは辛うじて激するのを抑えた口調だった。
 その目は自らの意志を通せなかったため、あからさまな怒気に染まっている。
「残念ながら、そのとおりです」
 ホアンの心の動きを悟ったミケロットは苦笑を抑えるのに苦労した。
 単純で感情を抑制することすらできない馬鹿者だ――、そう思うと笑みが涌いて出てしまう。はるか以前から――、兄チェーザレの学友として従っていた頃より、ミケロットは目前の若者を軽蔑しきっていたのだ。
 いや、それはミケロットだけではない。
 この若者の戦場での数々の不名誉と無能ぶりを知らぬ者はいなかった。
 法王宮に出入りする者は言うに及ばず、口がさのないローマ市民でさえ、その失態、醜態をつぶさに知っているのだ。頭の軽い王子様――、それがホアンを指す、密かな渾名だったのだ。
 実際、ホアンの教会軍総司令官、ガンディア公爵と云う地位を支えているのは、父法王の溺愛のみだ。
 聡明な兄の枢機卿の才を、この弟が僅かでも分かち持っていれば、ボルジア家の将来は安泰だったろうに――、口には出さないが、誰もがそう思っていたのだ。
 その若さには不釣合な洞察力を持つミケロットにさえ、底知れぬ魅力を感じさせる兄の枢機卿と比べて、ホアンは狭量な、比べるまでもない弟だった。文字通り愚弟という言葉は、まさにこの男の為にあるとさえ、ミケロットには思えてしまう。
 顔だけは兄に似て整った容貌だけに、その落差の大きさにミケロットは愕然としてしまうのだ。
(まあ姿形は確かに似ている。もちろん兄弟なのだからな――。ただ、それだけでは、あの兄の影武者は到底、勤まらぬ)
(実際、その身に釣り合わぬ肩書きの重さを自覚するだけの器量もないのだ。それを悟るだけで、その身の不評はある程度は拭うことができるだろうに……)
 ミケロットの見るところ、ホアンが辣腕家として知られるアレッサンドロ六世から受け継いたのは好色さと厚かましい傲慢な物腰だけだ。
 正直なところ、ミケロットはホアンに対して哀れみさえ感じていたのだ。

《続く》




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