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黒き輪廻、蒼天の輪舞(17) 


 三日後、法王宮の一室。
 ガンディア公ホアンは、ひどく怯えた様子の家臣に何事か耳打ちされた。
「バ、バカな!、失敗しただと!」
 たちまち血の気を失ったホアンの顔は狼狽を隠せなかった。
 無様に顔が引きつっていた。あの男は腕が立つ……、兄チェーザレの何気なく放った言葉がホアンの脳裏で鮮やかに再現され、それを躍起になって否定しようとしていたのだ。
「で、刺客の身元が割れるような事はないだろうな」
「はい、それは大丈夫かと……、仔細を教えることなく金で雇った者どもですから。その心配はまず無いかと思われます」
 突っ立ったままの家臣も主と同様に青ざめていた。
 彼はホアンの怒りを恐れているのだった。時として年若い公爵は凶暴で無分別な怒りを爆発させるのだ。また抜け目なく部下に罪をなすりつけようとする。ホアンは決して心安く身を任せられるような主君では無かった。
「わかった、もう下がれ」
 ホアンは不機嫌な様子で家臣を下がらせた。
 いつもならネチネチと部下の失敗をなぶるのだが、そんな余裕すら今のホアンにはない。これから先、どう対処すればいいのが、考えるだけで精一杯だった。
「ホアン、そこに居るのか」
 不意に扉の向こうから和やかな聞き馴れた声が響いた。
 その瞬間、ホアンは飛び上がらんばかりに驚いた。それは紛れなくチェ-ザレの声だったからだ。
「入るぞ」
「どうぞ、兄上……」
 できるだけ平静を装ってホアンは答えた。
 扉が開かれると、そこにチェーザレの姿が現れた。
 見慣れた緋の衣を纏った姿だ。
 法王宮にいる時には、チェーザレは常に枢機卿の緋の衣を着けている。その姿でアレッサンドロ六世の間近に控え、仕えているのだ。そして緋の衣に身を包んでいる時は例外なく、穏やかな笑み以外には何の表情も浮かべてはいない。ごく穏やかな物腰で味方にも敵にも接するのだった。
 注意深い目を持ち、なおかつ、チェーザレを直視できるほどに恐れを知らぬ者だけが、その目が決して和んではいないことに気付くのだ。
 今、ホアンの目前に立っているチェーザレも、いつも外向けの表情をしていた。
 もっともホアンには兄を直視して観察できるだけの勇気も豪胆さもなかった。伏し目がち目をそらし、静かに兄の次の言葉を待っているだけだ。
「父上がお呼びだぞ」
「わかりました、兄上……」
 ホアンは立ち上がり、チェーザレに従って歩き出す。
 教会軍総司令官を示す服を着けているホアンの姿は法王宮では見慣れたものだった、しかしその歩みは屠殺場に向かう家畜のように重い様子だ。いつもの傲慢さは微塵もなく消え去り、誰の目にも、その姿に精気がないように映った。
「今夜、おまえの屋敷を訪ねたいのだが……」
 チェーザレはホアンにだけ聞こえるよう顔を寄せ、そっと低く囁いた。
「……」
 ホアンは沈んだ表情のまま、黙って頷いた。
 いつもなら兄からの誘いを受けた時は嬉々とした表情を浮かべるのが常だった。しかし今は事の発覚を恐れる気持ちだけがホアンを支配していたのだ。微かに揶揄するような冷めた目で自分を眺めている兄の目に気づく筈もないホアンだった。

《続く》
 




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