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氷雪の漂泊者(23) 


「レナ、起きて。何か変です!」
 耳元でキオが囁いた。「身支度を。思い過ごしならよいのですが……」
「わかった……」
 眠れずに身体を横たえたままだった声を潜めて短く答えた。そして言われるままに身支度を整えながら、レナは一方で神経を研ぎ澄まして周囲の様子を探ろうとしたのだ。
(静か過ぎる!)
 既に誰もが寝静まった深夜だった。しかし深夜の静寂の中に常の夜とは違う、妙に張り詰めた不自然な雰囲気をレナは感じたのだ。
 かすかに森から聞こえていたはずの虫の音も聞こえない。誰か何者かが息を潜めて闇に潜んでいる気配――、それも不穏な息苦しい殺気を含んだ気配だ。
「外の様子を見てきます」
 レナの身支度が終わったのを確かめて、キオは低く告げた。「あなたはこのまま待っていてください」
「待て、いくな!」
 レナがそう言った刹那、唐突に戸が開いたのだ。
 その音にレナもキオも息を呑み、腰を低くしたまま窺うように入り口に目を向けた。
 視線の先には黒い大きな影が入り口を遮るように立ちはだかっていた。
 仄かな光に浮かび上がった姿はネロだ。
 手には抜き身の剣を帯びている。その剣の刃が弱々しい光を受けて禍々しく鈍く光っていた。
「なんだ、小僧ども……」
 少し驚いた様子でネロは叫んだ。「予定では寝込みを襲うつもりだったがな、さすが察しがいいようだ。誉めてやる」
「なんですって、襲うとは? いったい何を言っているんです」
 凛としたキオの声が響いた。
 キオはレナを庇うようにネロとの間に立ち、ネロを睨みつけた。「このような乱暴な振る舞いを父が見知ったら、たとえあなたが血族とはいえ許さないでしょう」
「残念だな、もう咎められる心配はしなくていいようだ」
 ネロは嘲笑しながら言い放ち、その声は虚ろに室内に響いた。「ほら、これを見るがいい。お前にくれてやる」
 無造作にネロは黒い塊をキオの足元に放り投げた。
 柔らかなものが潰れるような鈍い音が響き、その塊はキオの足元で動きを止めた。
 それを見た瞬間、キオの顔から血の気が引いた。
「ああ……、なんてことを……!」
 キオはの口から悲痛な声が漏れた。
 その足元に転がっていたのは、血に塗れたハーンの首だったのだ。
 無念そうに目を見開いたままの変わり果てた姿だった。その頬にも真新しい深い傷があり、どす黒い血に濡れた無残な傷口を晒しているのが見えた。
「もちろん殺すつもりはなかったさ、お前の後ろにいる気味の悪い小僧さえ引き渡せばよかったんだ。だがな叔父貴は俺に同意せず抵抗した。こっちも仲間が二人やられたんだ、殺すしかなかった」
「おのれ……、この裏切り者め!」
 キオは叫んだ。「薄汚い裏切り者、地獄に墜ちるがいい!」
「なんとでも言うがいいさ、だがな、こいつら悪魔を庇う者なんて、もう誰もいないんだ。里ごと滅びるのはごめんだからな。従兄弟とはいえ、この際だ、おまえも一緒に始末する。気持ち悪いんだよ、お前らは」
「……!」
 レナにはキオの背中から怒気が立ち上るのが見えた。それはレナが知っている穏やかな気配に包まれた姿からは想像もできないほどの強烈な怒気だった。いつ抜いたのか、細い肩越しにキオの手に短剣が握られているのがちらりと見えた。
「もう逃げ場はない、観念するんだな。そうだ、いい考えがある」
 ネロは一歩踏み出しながら剣をキオに向け、浅黒い顔に残忍そうな笑みを浮かべながら弄るような口調で続けた。「なんなら敵討ちの真似事でもしてみるか。戯れ事だが、俺はかまわないぞ、相手になってやる」


《続く》





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