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少年剣士の憂鬱(2) 


「なにごとも最初が肝心なんだし」
 稽古が始まる直前に、妙に真面目くさった顔をして、そんなことを言い出したのは順だった。「新入りさんにはさ、ひとつビシッと決めなくっちゃねえ。やっぱり俺らの実力を、ちゃんと教えておかないと色々と面倒だと思うし」
 順は、言い終えると僕らの顔を見渡して、ニヤッと意味深げに笑って見せた。
「わかった」
「大先生も新入りの面倒を見てやれって言ってたな」
「ってことは、公認だよな、こういうことも、さ」
 僕らはニヤニヤ笑いながら、互いに顔を見合わせて頷いた。
 ついさっき紹介されたばかりの見るからに弱そうな新入りを、僕らは手荒く歓迎してやることにしたのだ。それが新しいやつが入ってきた時の僕らの歓迎のやり方だった。
 僕ら四人、順も、大介も、太一も、ずっと一緒に稽古をしてきた仲だ。それこそ小さなガキの頃からの付き合いで――なにしろ同じ年に同じ病院で生まれて、ずっと同じ狭い町内で育ってきたのだ――、それは剣道を始めるよりも、ずっと前からだった。だから仲間の誰か一人が、ちょっと顎を上げて悪戯っぽく目配せしただけで、すぐに考えてることくらいはわかってしまう。
 小さな頃からずっと同じチームで頑張ってきた僕らの間に簡単に割って入られてたまるものか! そんな気持ちが僕らにあったのは間違いない。大先生は新入りを紹介した後で、『五人揃って、よかったな』って嬉しそうに笑ったけど、そんなのは余計なお世話だって僕は思ったし、そのときの他の連中の不満そうな顔を見れば、そんなふうに思ったのは同じだったはずだ。
 なにしろ僕らは地元じゃ最強の四人組――、そういうことで鳴らしていた。本当だったら五人どうしで戦う剣道の団体戦でも、勝って当たり前くらいに思っていたし、僕らと当たると知った対戦相手の気落ちした顔を見るのが楽しみだったのだ。傲慢だったかもしれないけど、一人抜ける分の一敗は相手にくれてやるハンデみたいなものだって割り切っていた。だから五人揃ったから嬉しいなんて思うより、こんな女みたいなやつに入られたら、僕らのチームのレベルが下がってしまうじゃないか、そんな感じで憤慨気味に思ったのだ。


 そして稽古が始まった。
 黙祷して簡単な準備体操と素振りをして身体が温まってきた後で、ようやく防具を身につける。技練習の周り稽古の体勢になって僕らは、新入りの佐々木を囲むように並んだ。防具を付けていても、新入りの華奢な体格はひと目でわかる。
 周り稽古では、左端の上座に立った先生を軸にして、僕らは一人ずつずれながら左回りで技練習をする。その輪の中には、女の子や、小さい子もいるから、周り稽古のときはちょっと力を抜いてやる。
 だけど、一通り技の練習が終わった後の掛稽古になると、そういうわけにはいかない。なぜなら実際の試合に近い形で行う稽古だからだ。掛稽古では実力別――、有段者と、そうでない者のふたつの輪に分かれて行うことになっていた。
「いよいよだぞ」
 僕らは目配せしあって、互いの顔を見ながらニヤリって笑った。一気に手荒く圧倒して、チームの実力を見せつけてやるんだ――、そんな僕らの悪だくみを知らないのは弱そうな新入りだけだ。そして僕ら四人は秘密を共有しあってる、そんな意味のない優越感、そして妙な高揚感が僕らを支配していた。
(ぬかぬなよ)
(わかってる、でも負けるはずもないけどな)
 言葉に出さずに黙っていても、少し紅潮した悪戯っぽく笑う顔を見るだけで、そんな意味がありありと読み取れる。
 大先生が紹介した時、新入りの佐々木は僕らと同じ初段だって言ってたから、間違いなく、こっちの輪に来るはずだ。そのときが狙い目だった。僕は試合の前みたいに興奮していた。おそらく、それは順も、大介も太一も同じだったと思う。この弱そうな新入りに僕らの力を見せつけてやるって、意気込んでいたのだ。
 ドン!
 稽古の始まりを告げる合図の太鼓が鳴った。
 僕の最初の相手は太一だ。いつもなら試合と同じように、気合を入れて真面目にやるのだけど、今日は僕らの敵は別にいた。そんなことを思うと、ついお互いに手加減をしてしまう。もちろんそんなことが大先生に見抜かれてしまったら、竹刀で思いっきり頭をぶっ叩かれることになる。
 あのな、チャンバラと剣道は全然違うんだぞ――、それが大先生の口癖だ。今までに耳にタコが出来るくらい何度も怒鳴られてきた。だから手加減がばれない程度に適当にやるつもりだった。それはなかなか難しい芸当だけど、そこはそれ、僕たちは長年の付き合いだったし、それこそ阿吽の呼吸ってやつだ。
 僕は太一との稽古を無難に終えて、先に佐々木と当たったはずの順を見た。
「ん?」
 僕は首を傾げた。順の様子が変だったからだ。うつむいてモジモジしてるし、横顔はふくれっ面で真っ赤だし、何かあったのは間違いない、僕はそう直感した。
「おい、大介」
 隣に座っていた大介に、こっそり小声で話しかけた。「順のやつ、どうしたんだ?」
 何か言いたそうな顔をして大介が口を開きかけた。でも返事を聞くことはできなかった。すぐに合図の太鼓が鳴ってしまったからだ。
「ちぇ、しかたないな」
 小さく舌打ちしながら、僕は立ち上がり、一歩前に進み出る。
 なんだか出鼻をくじかれた気がして落ち着かない。変にイヤな気分だったけど、雑念を振り払うつもりで僕は小さく頭を振り、竹刀を構えて正面を見据えた。
 目の前に佐々木がいた。
「えっ!」
 僕は自分の目を疑った。防具をつけて竹刀を構えてなかったら、間違いなく両手で目をこすったと思う。それは何かの見間違いじゃないかって――。ありふれた表現だけど、佐々木の姿を見た瞬間、背筋を冷たいものが走った気がした。
「なんだ、こいつ」
 最初に紹介されて見たときの印象とは、比べものにならないくらい、佐々木の身体が堂々と大きく見えたのだ。どっから攻めたらいいだろう――、僕は迷った。どうせ手加減したって間違いなく勝つ……、、そう思って緩みきっていた気持ちが、一瞬で完全にシャンとなった。
 対する佐々木は、かなり緊張している様子だったけど、もちろんガチガチに硬くなってる感じじゃない。何があっても対応できるように全身に神経を張り巡らしてる、って雰囲気だ。その姿に容易に喰い付けるような隙は見つからない。
(思いっきり行くしかないな、こうなると、そうだな、力押しだ)
 身体の大きさでは、僕のほうが勝ってる。
 力ずくで押しまくり、腰の引けた隙に付入るか……、僕は即座に作戦を立てた。しかしそれは半分以上、賭けみたいな作戦だ。最初に一気に打ち込んだ時、失敗すれば後がない。そんな捨て鉢な作戦しか思いつかないくらい、僕は焦っていた。あとで思えば、そこまで焦っていることに気づかないくらいに、僕は追い込まれていたってことになる。
「てーっ!」
 僕は思いきり踏み込んで、勢いよく鋭い面を打った。
 この一打に全てを賭けてたからだ。
 けれど佐々木は落ち着いた様子で僕の竹刀を軽く受け流すと、素早く構え直した。なんの乱れも無駄も感じさせない、完璧に流れるような動きだった。
 逆に醜態をさらしてしまったのは僕のほうだ。一か八か、そんな最初の一打に賭けてた僕は、勢い余って前のめりに体勢を崩してしまったから。無様に背中を晒してしまい、慌てて体勢を立て直すまでの間、きっと隙だらけだったはずだ。
(しまった、打ちこまれる!)
 僕はそう思って観念した。
 もうダメだ、万事休す……、そんな思いが頭をよぎる。しかし僕が慌てて向きなおり、再び構え直すまで、その一打はついに来なかった。決して佐々木がその機会を逃したわけじゃない、ってことを再び佐々木と向き合ったとき、僕は知った。
「つ、強ぇえな……、おまえって」
 僕は思わず、そう呟いていた。きっと僕の声が佐々木にも聞こえたに違いない、その時、防具の向こう側で微笑んだように見えた。
「君こそ油断できないな。それじゃ次はこちらから行くよ」
 実際、佐々木は強かった。
 攻めにまわっても打ち込みは鋭かったし、手堅く攻められて僕は防戦一方になってしまった。負け惜しみかもしれないけど、最初の失敗が最後まで尾を引いて、ついに主導権を握ることができなかったのも痛かった。
 悔しいけど、僕と少なくとも互角か、それ以上だろう――、そう直感した。僕は四人の中じゃ一番強いつもりだったけど、それでも五分にいけるかどうか、十回竹刀を交えて五回勝てるだろうか、って雰囲気だ。
 そう思った瞬間、僕は悪巧みの破綻を悟った。
 傲慢な思い込みかもしれないけど、他の連中じゃ簡単には勝てるはずがない。稽古前に紹介された時、僕らの目の前に立ってる、ひょろひょろの新入りが初段だなんて眉唾ものだ、なんかの間違いかインチキだろ――、って軽く思ってたけど、そんな見方は、かなり甘かったのだ。
 言葉は悪いけど、見かけに騙された、そんな気がする。もちろんそれは勝手に勘違いして決めつけてただけだ。それじゃ、なめてかからなきゃ、って僕は思った。もう少しはマシな結果にはなったはずだ。まったく侮れないやつだな――、僕はそう心から思ったし、稽古が終わったときには、新入りの佐々木の実力を実感していた。


《続く》




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