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思いやりの行方 


「あんな事ばかりやって、もう限りなくバカだよね、山中ってさあ」
 僕らが歩いていたのは学校からの帰り道だ。
 すぐ隣を歩く橘祐介の顔を僕は少し覗くようにチラっと見、大げさな身振りをまじえて喋りつつ、声を出して笑った。「それにしてもよく咄嗟に思いつくもんだよねぇ。ほんと一瞬で怒る気がなくなっちゃったしさ、あのゾンビのフリで」
 話に出てきた山中というのは僕らのクラスメートだ。
 呆れたというか、ほとんどイカれた大のお調子者で、おバカな事を毎日のようにやってはクラス中を湧かしてる。それがウケ狙いと分かってても、なぜか憎めない。ああいうのを天性のエンターテーナーというのかもしれないけど、でも今日の出来事は少し度が過ぎてて……、ウケたというよりも皆の失笑を買ったというのが相応の評価だと思う。
 僕が山中のことをバカだと言ったのもそのせいだ。
 なにしろ放課後の掃除の時間にふざけてて転び、運悪く机の角に頭をぶつけて突然の流血沙汰だったし、その時に手に持ってた水がいっぱい入ったバケツの中身をぶちまけたから教室中はたちまち水浸しだ。そんな状況に関わらず、お道化てゾンビのふりしてヘラヘラしてるんだから、そりゃいくらなんでもやり過ぎだろう、って。
 その場に祐介もいたし、それに関して何かしら意見とかあるかな、そう思ったから僕は口をつぐむと、足を止めて祐介の顔を見上げた。
「……」
 祐介は一瞬だけ僕に視線を向けたけど、何も言わずにそのまま歩き続けたから、僕は置いてきぼりを喰らってしまい、軽く駆け足で祐介の背中を追いかけなきゃならなくなった。
「ちぇっ、つれないなあ。なんか言ってくれてもいいのにさ」
 ほんの少しだけ追い越して、僕は振り向きざまにそんな軽口を叩いた。それでようやく祐介の足は止まり、少し呆れたように僕を見ながら小さくため息をつく。
「よく喋るやつだなあ、ちゃんと前向いて歩かないと転ぶぞ。そうやって前も転んだよな、お前って」
「わはは、そうだっけ? そんなことあったっけ?」
 僕は軽く笑って誤魔化した。
 祐介が言った出来事は本当のことだ。
 ちょうど今日の山中みたいにふざけながら歩いている時に転んてしまい、足を酷く捻挫したことを忘れたわけじゃない。だけど僕にとっては、祐介とじゃれあいながら歩くこと……、それが何よりも楽しく幸せな時間だった。もし迂闊にも憶えてるって頷いてしまったら、そんな幸せな時間が二度と来ないんじゃないか……、そう思えてしまって怖かった。
 何故なら、僕は祐介が好きだったから。
 それも友達として好き……なのではなくて、恋愛の対象として、だ。それは僕の片思いに過ぎないし、そもそも僕らは男同士なのだから、僕にとっては決して口に出しちゃいけない秘密だった。そんな思いを伝えてしまったら、きっと次の瞬間には僕らの関係が壊れてしまうだろう……って、自分の気持ちに気づいた時から僕はそう固く信じていた。
 祐介とは家が近かったから小学生の頃からの付き合いだ。
 昔はそれほど背丈に違いはなかったけど、今は祐介の方が頭一つ分くらい背が高くなってしまった。祐介は背が高くてスマートで面倒見も良いし、中学まで剣道やってたせいか、どこかしら凛とした雰囲気があってクラスの女子には人気がある。照れ隠しなのか僕には必死で隠そうとしている様子だったけど、バレンタインデーには幾つもチョコを貰っていた。もちろん僕なんて言うまでもなく収穫はゼロ……、だ。
 そんな祐介にいつも引っ付いている僕の事を皆は陰では「オマケのチビメガネ」だとか「お邪魔虫」とか「引っ付き虫」なんて呼ばれていることを知っている。そんなアダ名なんて知らないふりをしているけど、実はほんの少しだけ、それを誇らしくさえ僕は思っていた。そこに良いイメージなんて微塵もないのは承知の上で、公認の仲なんだ、って。それが虚しい独りよがりなことは分かっているけど、あのアダ名は勲章みたいなものなんだ、って。
「おい、どうしたんだ」
 気がついたら、祐介は腰を屈めて僕の顔を覗き込んでいた。「さっきまで笑ったり喋りまくっていたのに急に暗い顔して黙り込むんだから……、変に疲れるやつだな」
「な、何でもないよ、えっと……」
 僕は慌てて首を横に振った。
 今までの祐介の思いに気を取られてしまい、立ち止まったまま沈黙してしまったらしい。例の山中のことを頭の片隅で羨ましく思いながら、必死に場にふさわしそうな答えを僕は探し、ようやく見つけた言葉を早口で喋り始める。「今日みたいにクソ暑い中で体育の授業がグランドだっただろ、それでくたびれちゃってさ、もうヘトヘトだよ」
「ああ、あれは参ったよな」
 祐介が苦笑しながら答えるのを見て、僕は何も気づかれてないようだって思いながら、ホッと安堵した。
「だいたい真夏に長距離なんて熱中症にでもなったらどうするんだ、って思うしさ。あんな授業ってマジで正気じゃない。まあ冬なら何とか許せるけど、今は真夏だろ、暑すぎだよ。もう全身が汗ダラダラで気持ち悪いし、それに――」
「だよな、そうだ」
 まだ話し続けようとする僕を、珍しく祐介は強めの言葉で遮った。いつもなら苦笑しながらだけど、どんな下らない話でも最後まで耳を傾けてくれるのに……、そう思いながら僕は少し驚いて祐介の顔を見返した。「これから少し時間いいか、お前に話があるんだ。こんなところで立って話をするのは何だし、俺ん家に寄っていかないか」
 祐介の口調は優しく柔らかだったけど、どこかしら有無を言わせない雰囲気を僕は感じて頷いた。

 僕の前を祐介が歩き、その後ろを僕は黙ったまま続いた。
 ちょうど傾きかけた西日のせいで眩しくて、祐介の姿は黒いシルエットになっている。そんな祐介の後ろ姿が何故か怖いようなものに思えてしまい、僕は顔を上げて直視することができないでいた。

「ちょっと待ってろ、今、カギをあけるからな」
 ズボンのポケットからカギを取り出し、祐介は少し背をかがめた。その後ろに立つ僕まで、ガチャガチャとカギをあける音が聞こえてくる。その音を聞くのは久しぶりだということに、僕は唐突に気づいた。
 その音を最後に聞いたのは、もう一年くらい前になる。
 ついきっき祐介との話に出てきた、ふざけて歩いてて酷く捻挫した時以来だからだ。
 あの時は歩けなかったから祐介の背中に背負われたまま、その音を聞いた。小さな頃から雄介の家によく遊びに来ていたから、それは僕にとっては聞きなれた音だ。壊れているわけじゃないけど、あけるにはコツが要るんだ――、そう言いながら苦笑いする祐介の様子を思い出しながら、僕は祐介から避けられていたかもしれないことに今更ながら気づいてゾッとした。もしその想像が本当の事なら、僕は避けられていたのに何も気づかないまま馴れ馴れしくしていたことになってしまう。
「おい、早く入れよ」
 祐介の声がして、僕は慌てて声のした方向に顔を向けた。
 呆れたような顔をして、祐介が僕を見ている。もうドアは開いていたし、祐介はすでに靴を脱いで家の中に上がっていたから、ずいぶん長い間、ぼんやりしてしまったみたいだ。
「俺の部屋に先に行ってろよ。暑かったから喉が渇いただろ、誰もいないみたいだから何か飲み物とか持っていくからさ」


 祐介の部屋は二階にある。
 これが最後になるかも……、そんな暗い思いに苛まれながら、僕は階段を上って行った。それが僕の単なる妄想だとしたら――、祐介の「話がある」って中身が全く違っていたら、どんなにか幸せだろうな……、そんな考えばかりが頭の中に渦巻いていた。
 たぶん誰かが僕の様子を見ていたとしたら、僕の歩く様子はまるで夢遊病者のそれだっただろう。いやな思いを頭の中から追い払うことに懸命で、機械的に足を動かしているに過ぎなかった。ふっと我にかえった時、僕はすでに祐介の部屋にあるベットの端に腰を下ろしていたし、途中のことなどまるで思い出せなかったから。
 懐かしさを感じながら、ゆっくりと僕は部屋の中を見渡した。
 捻挫した時は玄関で手当てをしてもらい、そのまま祐介に背負ってもらって自分の家に向かったから、この部屋に最後に遊びに来たのはそれよりも以前の筈だ。でもその頃の記憶そのままの部屋の様子に僕は驚いた。
 祐介は几帳面な性格だから、単に綺麗に部屋が片付いている――、ただそれだけの事だったかもしれない。だけど一緒に遊んだあとに片付けたゲーム機が僕の記憶そのものの場所にあって、それは光線の具合かもしれないけど、うっすらと埃がかぶっているように見えた時、思わず涙が滲んでくるのを僕は感じた。本当は何でもないことかもしれないけど、どうしてもそこに避けられている――、そんな痕跡をネガティブになった僕の心は過敏に感じ取ってしまうのだ。
「ごめんな、遅くなって」
 そう言いながら祐介が部屋のドアを開けた時、僕は慌てて頬の涙を拭った。
 僕は立ち上がり、祐介が持っていたトレイを受け取って机の上にそっと置く。トレイの上には氷の浮かんだコーラが注がれたコップがふたつ並んでいて、ガラスの表面には涼しげな細かな水滴が無数に張りついていた。そんなコップのひとつを手にして、ベットの端に再び戻り腰を下ろすと、僕はコップを握った手を膝の上に置いたまま、祐介の言葉を待った。
 ちらちらと僕を見ているらしい祐介の視線は感じていたけど、何かを躊躇っているようだ。なかなか口を開こうとしない。もちろん祐介の事だから僕を思いやってのことだろうけど、ただ待っているのは辛かった。
 いつだって足踏みばかりして躊躇いがちな僕をぐいぐい引っ張ってくれたのが祐介だったけど、今の様子はいつもの祐介とはまるで違う。そんな彼の様子に苛立って、僕は少しヤケになっていたかもしれない。なにしろ僕の頭の中は悪い予感でいっぱいで、もうどうにでもなれ――、って心境だったから。
 手のひらの中でコップに浮いていた氷がカランと乾いた音を立てた。
 それは小さな音だったけど、きっかけとしては十分だった。僕は小さくため息をつき、コップの中身を一気に飲み干すと立ち上がる。空になったコップをトレイの上に戻し、僕は膝に手を当てて少し背を屈めると祐介の顔を覗き込んだ。
「あのさあ、話があるって言うから来たのに祐介ってば何も喋らないし、今日は少し変だよ。僕もそれほど暇じゃないからさ、もう帰ろうかな」
「あ……、いや」
 祐介はわずかに目をそらしながら、絞り出すように続けた。「そう、そうなんだ……、今、話さなきゃな」
 祐介の声は僕に向けたものじゃなく自分自身に言い聞かせた――、そんな気がした。だから僕は黙ったまま祐介の次の言葉を待った。
「あのな……、上手く言えないんだけど、そうだな、今よりもう少しだけ離れてて欲しいんだ、お前はこれまでも、これからも大事な友達なんだし、俺は……」
 祐介の言葉を聞き終えた時、僕の心に真っ先に思い浮かんだのはクラスの女子たちがヒソヒソ話で僕に対して使ってた『お邪魔虫』って言葉――、僕は全てを理解できたような気がした。
「あ、そっか!」
 僕は無理に笑った。
 いや、自分では笑ったつもりだったけど、単に顔を歪めただけかもしれない。それでも僕は道化た様子で、まくし立てるしかなかった。喋るのをやめてしまったら、すぐにでも泣き出してしまいそうだったから。
「あはっ、ごめんよ、気づかなくってさ。ホント、邪魔なヤツだよね、僕ってさ。真っ先に気を使わなきゃいけないのに全然気づかなかったし。で、お相手は中村さん? それとも吉川さんかな、どっちでも似合いだし。それとも別の子かな、例えば――」
 僕はクラスの女の子の名前を何人か並べて話し続けた。祐介は呆気にとられた様子で、早口で喋り続ける僕を見ているだけだ。
 僕の言葉を祐介は否定も肯定もしなかったから――、ずっと前から冷静さを失ってた僕は更に逆上して自暴自棄になっていた。どんな脈絡でそうなったのか自分でも分からなかったけど、このまま祐介に思いっきり嫌われてしまえばいいんだ、いや、嫌われてしまわなけりゃダメなんだ!、そんな思いに僕は憑りつかれていたのだ。
「でもホントはさ、僕だって祐介のことが大好きだったんだよ、今まで気づかれないように苦労したけど、それももうお終いだ、そう、もうこれで最後だから!」
 そう言い放った次の瞬間、僕は自分の唇を祐介のそれに押し付けていた。
 かさついて乾いた祐介の唇の初めての感触――、そんな感傷にひたる余裕もなく、僕は足元に転がっていた自分のカバンを拾い上げ、駆け出しながら叫んだ。「もうこれでサヨナラだから、もう二度と僕となんて話さなくていいから……、気持ち悪いことして、ごめんなさい。でもこれで……、もうサヨナラだからさっ!」
「おいっ、待てったら、俊!」
 背中越しに祐介の叫び声が響いた。
 だけど僕は振り返らずにドアのノブに手を伸ばし――、しかし僕の指先はノブに届かなかった。いつの間にか立ち上がった祐介に背後から強く抱きしめられてしまったからだ。
「は、放してよ……」
 僕は弱々しく抵抗した。
「もう放さない、俺は……、俊のこと放したくないんだ」
 ゆっくりと祐介は話はじめた。「お前が転んで足を挫いた、あの日のことを憶えているか? あの日も暑い日だったよな……」
 僕は素直に頷いた。
「あの時、俺は背中越しのお前の感触に――、なんて言ったら一番正しいのかよくわからないけど、ああ、そうだな、すごくドキドキしてた。どうして?なぜなんだ、って俺は歩きながら思った。でもすぐにお前のことが好きだって――、それまで自分で蓋をして閉ざしていた気持ちに気づいたんだ」
「……」
 思いがけない告白に、僕は何て言っていいのか分からなかった。
 だけど祐介の言葉が嘘や偽りなんかじゃない本当の気持ちだってことは、よく分かってた。もっとたくさん祐介の声が聞きたい、そう思いながら僕は次の言葉を待った。
「背中のお前が軽くて華奢なのにも驚いた、なんて軽いんだろう、ってな。そしてもし、衝動的に酷いことをしてしまうんじゃないか、って俺は怖くなった。だってお前が抵抗したって敵わないだろ?」
「酷いことって?」
 僕は思わず聞き返していた。
「例えばそうだな、無理やりキスするとかだ。まあ、ついさっき、先を越されちゃったけどな」
 その祐介の照れたような声を聞いた時、急に胸の動悸が高まって頭にカっと血が上ってくるのを僕は感じた。あらためて唇が重なり合った瞬間の感触が蘇ってきたからだ。あれが僕らの初めてのキス――。
 
 窓の外に夏の遅い夕暮れが迫るまで、僕らは抱き合ったまま立ち尽くしていた。


《終わり》


久しぶりの参加です、7月のお題のうち「虫」だけ使用してます。

文字数が5800文字と、ずいぶん超過してしまいました(汗)
最初は数日で完成できるかな…、なんて思っていましたが、1週間以上もかかってしまいました。おまけに文章は読みにくいし…。書き続けるにはリハビリが必要みたいです。




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