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氷雪の漂泊者(29) 


「こんな力など……」
 レナは弱々しく、ほとんど自嘲するような虚ろな笑みを浮かべた。「あの時、お前すら守れなかったような力だ、そんなものに何か意味があるのか……」
「あなたは何も知らないから、そんな事を言うのです。あなたの秘めた力はそんな小さなものじゃない、その力は世界を変え、あなたの前に世界の全てが跪く――、そんな大きな力なのです」
「……」
 レナは何も言わず、呆然とキオの顔を見つめるだけだ。
「どうやら何を言っても信じてはもらえないようですね」
 鷹揚にキオは続けた。「そうだ、レナ、あなたの手を御覧なさい」
 キオに言われるままに、レナは腕を掲げて自らの手を目の前にかざした。
 無残に指先からは爪が剥がれ落ち、干乾びた血と泥に塗れ汚れた手。汚れていない部分も血の気は失われ、ほとんど土気色と言ってもいいような色をしていた。しかし痺れるような遠い感覚があるだけで、痛みも何も感じない。
「あなたは本当に無茶をする人だ」
 キオは苦笑しながら顔を寄せ、レナの目を見つめた。その手はレナの頬に軽く添えられていたものの、半ば透き通ったキオの手にレナは空気ほどの重さも感じていなかった。「ほら、こんなに冷たく凍えていても、あなたはもう何も感じていない。その指先も同じでしょう。あなたの身体はもう半ば以上、既に命を失っている」
「そうだ、わたしは死のうと思っていた。この雪の中、お前を追って……」
 レナはまるで懐かしむような口調で呟いた。
「どれだけ呼びかけても、あなたは自ら耳を塞いでいた。やがて深い眠りに落ち、死の寸前、ようやくわたしの声が届いたのです」
「ああ、そうだったな……」
「ねえ、レナ、わたしなら」
 キオは妖しい暗い笑みを浮かべた。「あなたの封印を解き、あなたの秘めた力を解き放つ事ができる。今、あなたの源から力を汲み上げ、あなたの失われかけた命を繋いでいるように自在に操ることができるのだから。わたしなら、あなたを世界に君臨する王とすることだってできるはず」
 キオの異様な迫力にレナは何も言わず、押し黙ったままだ。
 そして沈黙。
「わたしは憎い、あなたをそこまで追い込んだ敵が!」
 沈黙を破り、叫ぶような強い口調でキオは言い放った。そして言い放った瞬間、レナの目にはキオの双眸が赤く燃え上がったように見えたのだ。「わたしを殺し、あなたを傷つけた敵を、わたしは決して許さない!」
 その声の強さにレナは驚いたようにキオを見た。
 しかし息を呑んだまま、いかなる言葉も発することができなかった。
「そうだ、レナ、まず手始めにあなたの身体を修復しましょう。そうすれば、わたしの言葉の正しさが理解できるはず」
「ぐぉ……っ!」
 キオがその言葉を言い終えないうちに、レナは言葉にならない叫び声をあげていた。
 身体の内側から、突き上げるような強烈な痛みが湧き上がってきたのだ。レナは身を捩り、拳を強く握り締め苦痛に耐えようとした。しかし握り締めた拳の中の指自体がまるで弾けるような痛みを発していたのだ。苦痛に顔を歪ませて叫ぶしかなかった。「や、やめろっ!」
「やめませんよ、レナ」
 もがき苦しむレナを平然と見ながら、キオは静かに言った。「その苦痛は生れ落ちる苦しみと同じ、あなたは今、新しく生まれ変わろうとしているのです。人は苦痛に泣き叫びながら生れ落ちるのですからね」
「……っ!」
 激しい苦痛の中、ついにレナは耐えきれず意識を失った。
 しかしその闇はレナにとって何よりも慈悲深い闇だったのだ。


《続く》






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