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氷雪の漂泊者(38) 


「七九九……、そして八〇〇」
 途中から、歩んだ数を数え始めていた。そうでもしないと距離と時間の感覚が瞬く間に麻痺してしまい、真っ暗な混沌に呑み込まれそうな恐怖すら感じてしまうからだ。
「少しだけ休もう……」
 神経を集中させている為か、まだ大した距離は歩いていない筈なのに重い疲労感が蓄積していた。その場に立ったまま楽な姿勢を保ちながら、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。呼気と共に僅かだが、疲労感も失せていくような気がする。頬に感じる微かな空気の流れは相変わらず前方からの流れだった。
「ん?」
 その時、今までとは違う――、わずかな違和感を覚えたのだ。
「何だろう、音だ、何か聞こえる……」
 呟きが新たな変化に思わず口から漏れていた。
 聴覚を刺激した音は、その小さな呟きでさえ容易に掻き消されてしまいそうな、ごく小さなものだった。どれほど感覚を研ぎ澄まそうと、歩き続けている間は決して気づかなかったに違いない。
 それまで閉じたままだった目を開き、そして周囲を見渡した。
 相変わらず世界は闇の中に沈んだままだ――、そう落胆しかけた時、遥か前方に僅かな光芒を見つけたのだ。大きく目を見開いて、ようやく捉えた僅かな光だった。注意深く観察しなければ見落としてしまいそうな、夜明けの最初の予兆にも似た弱々しい幽かな光。そしてまだ明瞭には聞き取れない、辛うじて聴覚を刺激する微かな音も、その光の方向から聞こえてくるように感じられた。
「行こう」
 再び歩き始めながら、それまで感じていた疲れが一気に失せたような気がする。
 明らかな目標――、それが見つかったからかもしれない。確かに目標は幽かな光と音でしかなく、足元すら覚束ない暗闇に閉ざされているという点では何ひとつ変わっていない。しかし一歩進む毎に神経を磨り潰していくような空虚な消耗感からは、開放されたのだ。

「これは……、誰か泣いてる……?」
 どれだけ歩き続けただろう。
 光を目指して歩き始めた時には遥か遠くの光の滲みのように見えていた弱々しい光芒は、わずかに明るさを増し、いつしか広がりと大きさを持つものに変っていた。まだ影を形作るほどの明るさはなく、ぼんやりとした弱々しい光の塊に過ぎない。
 しかしそれまでは全く聞き取れなかった微かな物音は、遠くで誰かがすすり泣いているような明瞭なものになっていたのだ。
 あの光芒の下に誰かいる――、そう思いながら目を凝らせば、光芒の中央に小さな人影が佇んでいるようにも見える。
 しかし輪郭がまだ定かではなかった。その人影らしきものは、まるで地中から湧き上がるように見える霧に包まれていたからだ。ゆっくりと流れる霧の中から、陰々とすすり泣く声だけが響いていた。

《続く》






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