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続山月記(06) 


 山は錦に輝き、野の田畑は収穫を迎える秋。
 その空は高く澄わたり、心地よい涼気を含んだ秋の風は家々の屋根を越え、野や畑を渡っていく。しかし普通なら活気に溢れているはずの里は沈痛な重い雰囲気に包まれている。葬列の先頭を行く幟は風に揺らめき、葬儀を告げる鐘の音が静かに里中に響き、そして消えていく。
 葬列の中ほどを担がれて進む棺は小さく、容易く子供のものと知れた。
「……鯤、どうしてわたしの鯤だけが……」
 小さな棺に縋るように歩いている若い女の口からは、繰り返し低い鳴咽が流れて続けていた。傍らを進む者が手を携えてやらないと進めぬほどに、女の足どりは乱れている。その姿がいっそう哀れさを誘う。
 うなだれた人々の落とす影が路傍を黒く染め、鳴咽がかすかに低く響いていた。
 その行列は田畑を縫いながら静かに進み、やがて丘の向こうへ消えていった。
「行っちゃったね……」
 小高い丘の上の木立に紛れ、亮と青の姿があった。
 青と繋いだ手の中が、いつになく汗ばんでいるのを亮は感じた。それを感じながらも、なお強く握ぎりしめてしまう。その温もりが唐突に消えてしまいそうな、奇妙な不安に襲われていたのだ。
「ああ、そうだな」
 亮は青の声に漠然と答えた。
 亮自身、丘の彼方へ消えて行った葬列が幻のような気がしていたからだ。それは何かタチの悪い冗談のようにさえ、亮には思えてしまったのだ。
(あの鯤が……、誰よりも強くて誰よりも頼りになったあの鯤が……)
 亮と鯤とは同い年、鯤は悪童仲間では大将格だった。野を駆けての戦さ遊びに興しる時は、亮は鯤の参謀だったし、他の悪童とともに派手な悪戯をする時は、鯤の傍らで大人達の目をかいくぐる策を巡らすのが亮の役割だったのだ。里の大人達からは、おとなしい静かな少年と見られていた亮と、ガキ大将の鯤は妙に気のあう絶妙な組合せだった。
「青、鯤兄ちゃんとは、もう遊べないんだよ。ちゃんとお別れしたかい」
 亮は傍らの弟に話しかけた。
「うん」
 青は頷いた。
 まだ幼い青は、悪童たちに混じって野を駆けることは出来ない。だが菓子やら野山で得た果物を鯤はよく青に与えていた。年のわりには機転のきく青を鯤は可愛がっていたし、青も兄に劣らぬ親しみを感じていたのだ。
「また遊ぼうね、って言ってたのにな……、鯤兄ちゃん」
「ああ、そうだね」
 青の口から漏れた同じ言葉を、亮もまた心の中で反趨していた。毎日、夕暮れ時に互いの間で何気なく交わされていた、その言葉。
(また明日、たったそれだけの言葉なんだ……、だけど誰がその意味を真剣に考えただろう。言葉にするまでもなく訪れることが自明のことのように思われていた「明日」が、いきなり鯤の身の上で断ち切られてしまったんだ……)
 確かだと思っていた足元が、いきなり不確かなものに変わってしまった――、そんな気分。それは頭では納得できるのだ、しかし実感を伴わぬ歯切れの悪い曖昧さに戸惑ってしまう。自分は昨日と同じく生きていて、目に見える世界も昨日のままなのだ。しかし、その一部は永久に戻らない……。永久に断ち切られしまい、決して果たされることのない空虚な約束だけが残ってしまったという思い。「また明日」、その簡単な言葉さえ、信じられぬ場合があるなど、およそ今までの亮にとっては、考えてもみないことだったのだ。
 今この瞬間にも、振り返れば草のしげみから鯤と、その取り巻きたちが走りだしてくるんじゃないか――、そんな気さえする。『亮、そんな所で何をしてるんだい、早く来いよ』とでも言いながら……。その方がよっぽど現実味を帯びて感じられるのだ。
 だが現実には、鯤は物言わぬ身と成り果てて冷たく強張った身を棺の中に横たえてままで、その棺はつい先ほど、亮と青の視野から消えていったばかりだった。
「さあ、青、それじゃ行こうか……」
 亮は弟を促した。「なんだか風が出てきたな。寒くないかい」
 青は答える代わりに兄の手を強く握り返した。
 やがて二人は、足元を見つめ、黙りこくったまま丘を下っていった。
 秋の晴れた日には珍しい、冬の先触れめいた冷たい風が野を吹き渡っていく。亮は足を止め、何気なく空を仰いだ。
 そこには青い空が広がっていた。
 快晴と云ってもよいほどの上天気だ。ただ西の空に低く、雲がわだかまっているのが見えた。きっと雨になる……、そう亮は思った。明日はまだ早いかもしれぬ、だが明後日には黒雲が天を覆い、大地に冷たい雨をもたらすはずだ。
「兄さま、どうしたの?」
 青は不思議そうに首を傾げて、兄の顔を見上げた。
「ああ、ごめん。なんでもない」
 それだけの会話を交わすと、再び二人は歩き始めた。

《続く》






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