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黒き輪廻、蒼天の輪舞(08) 


 過ぎ去った日々の戦いの有様を、ウラドは思い出していた。
 かつてスルタンが直接指揮する大遠征軍とさえ対等に戦ったことさえあるのだ。
もちろんそれは、会戦というような戦いではない。
 後方へと巧みに退却しながら打撃を与え、出血を強要する――、互いに大兵力をぶつけ合うような会戦よりも難しい戦いだ。捕らえた敵兵をトルコ勢が進撃する街道筋にずらりと串刺しにして士気を削ぎ、食料を調達できぬように村々を悉く焼き潰し――。
 そんな戦いを思えば、現在、対峙している相手では力不足、格下――、そう言っても言いすぎではない。
(いまのところは計算どおり。すべては順調だ)
 しかしウラドに従う貴族達のトルコ勢に対する恐怖心は、ウラドとは段違いに違っている。
 野に満ちるような敵勢の数の多さを恐れ、世に聞こえる彼らの獰猛な勇敢さを死ぬほど恐れているのだ。
 この瞬間にもトルコの部隊に包囲されぬだろうか――と、生きた心地もせぬまま青ざめているのが手に取るようにわかる。少しでも包囲されるような兆しがあれば、制止する声も聞かず、ただちに遁走するに違いない。
 しかし、その恐怖を逆手にとり、寡勢をもって敵軍を撃破すれば、在地の貴族の間では公の権威がいやおうなく確立されるはず――、そんな計算がウラドの胸中にはあった。なにしろ政敵たちの最大の後援者がトルコなのだ。その敵を叩き潰せば、敵たちは大人しく逼塞せざるを得ない。

 先の歓声に対して、貴族たちの反応とは逆にウラドは微笑んだ。
 指示通りに軍勢が動いていたならば、まもなく敵陣は崩壊するはずだった。そして、それを見
届けた勝利を伝える伝令が本営に至るはずだ。

 それをウラドは確信していた。
 戦場を包んでいた朝もやが薄れ始めている。朝もやの出現は計算されたものだった。霧を利用して敵を罠にかけ、一気に包囲殲滅する。その目的を果たす為に、地形を十分に考慮し、効果的に兵力を配置していた。
 が、戦場に動員され配置された兵力は、貴族達にとってみれば、ワラキア公は勝敗を投げていると考えているのでは、と思わせる程の寡勢だった。その少なさに驚いた貴族の一人が、あえてウラドの指揮に対して、あえて異を唱えたほどだ。結局、その勇敢な小数意見の主は陣所の傍らに死体を晒すことになったのだが……。
 そんな貴族たちには知らせずに伏せてあったが、作戦の鍵となる戦場の主要な場所に配置されているのは、ワラキア人からなる部隊ではなく、友邦であるモルタビィアからの小数の援兵と、夜を徹して駆けつけた近衛兵からなる部隊だった。
 なぜならばウラドは自国の貴族達と、それに率いられ指揮されている彼らの私兵の忠誠心と実力を全く信用していなかったからだ。彼らは戦場に布陣するにも逃げ腰なほど、士気の低い部隊なのだ。
 数の上ではワラキア勢の主力となるものの、ウラドの計算では、単にトルコ勢の殺到する目標――、いわば囮として設定されているに過ぎなかった。猛進するトルコ勢に押しつぶされて潰走し、その数を削がれることまで、ウラドは秘かに期待さえしていたのだ。ワラキア勢の主力を磨り潰して勝ったつもりで追撃する、気の緩んだトルコ勢を伏兵で横撃し、混乱したところを包囲殲滅する――、それが大まかな計画だったのだ。

(しかしこれは奇計だ――。奇計だからこそ勝たねばならぬ)
(利用できるモノも、手段もすべて利用しなければ勝てぬ――。手札は少ないのだ)

 トルコ勢等、東方からの脅威に対峙する諸国の盟主ハンガリア王の支持があるとはいえ、公位に復してからの日も浅く、直率の兵はごく乏しい状態だ。小競合い程度ならともかく、トルコ勢との本格的な戦いともなれば、たとえ敗走することが真の役割の囮部隊だとしても、在地貴族達を宥めすかし、彼らの兵力をも利用せねば、勝利はおぼつかない。
 こうした事実はワラキア公を不機嫌にさせるには十分な材料だった。
 そうした気分も手伝って、不平不満を鳴らす貴族達を黙らせるために、彼らの一人を串刺し刑に処したのだ。

<<続く>>




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