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大唐夜話(07)【最終回】 


「倩娘、お前は子供たちと舟で待つがいい。叔父上には私が謝る。その上で人を遣すから。ここで安心して待っておいで」
 そう言い残して王宙は懐かしい町並みを眺めながら、張溢の屋敷へと歩き出した。

「叔父上、今更、顔を合わせる顔もありませんが……」
 王宙は平伏し、叔父夫婦が老けた事に驚きながら、心から詫びた。「都へは行かず、蜀の地にて暮らしておりました」
「蜀か、どうりで消息が掴めない筈じゃ」
 張溢の穏やかな口調に王宙は驚いていた。足蹴にされても絶えねばならぬ――、そう自分に言い聞かせて張溢の屋敷へと赴いたのだ。
「どうか、お許しください」
「許すもなにもない。以前も云ったようにお前は息子も同様、帰ってきてくれたことを感謝こそすれ、怒るなどということはないのだよ、さあ立ちなさい」
 云いながら、なお平伏したままの王宙の肩を慈しむように抱き、優しく撫でる。
「見違えるようだ、逞しくなったものだな、もう一人前だ」
「もう一つ、お詫びしなくてはならぬことがございます。言い付けに背き、倩娘と共に逃げました。蜀の地で夫婦として暮らし、二人の子供を得ました。すべての非は、この自分にあります」
「なにを馬鹿げたことを言っているのだ」
 張溢は一瞬、正気を疑るような目で王宙を見、かすかに首を振った。
「さあ、こちらに来なさい」
 王宙は張溢の後に続き、屋敷の奥へと向かった。
 その先は、過日、倩娘が使っていた部屋だ。
「わたしも後悔しているのだよ、あれの気持ちも知らずに無理に進めてしまった縁談を。お前が旅立って後、倩娘は床についたまま、夢うつつの状態で臥せっているのだ……」
「なんですって!」
 王宙は絶句した。「そんなはずは」
 ちょうどその場を通りかかった、顔見知りの召使を王宙は呼び止めた。そして舟着場の倩娘を急ぎ迎えにやるように頼む。召使は怪訝な不思議そうな顔をしていたが、王宙の剣幕に慌てて走り去った。
 その姿を見送り、ようやく王宙は張溢に続いて倩娘の部屋へと入る。
 そこには病み衰えた倩娘の姿があったのだ。
 王宙は絶句し、その場に凍りついた。
 一方、倩娘は王宙の姿を見つけて、弱々しく微笑んだ。
「お兄様、おひさしゅうございます」
 病人は手を王宙へ差し伸べようとしたが、その腕は力なく震えるばかりだ。
「馬鹿な!」
 我に返った王宙は駆け寄った。
 痩せ衰えてはいるものの間違いなく倩娘だ。
 見間違えるなどありえないが、王宙は自分の目が信じられなかった。
「どういうことなんだ……」
 立ち尽くす王宙と、その驚きが理解できない張溢の二人は、長い間、不出来な彫像のように互いを凝視し続けるだけだ。
「お父様、お久しぶりです。これまでの親不孝、お許しください」
 不意に部屋の入り口が開き、倩娘の元気な声が響いた。
 その声に驚いたのは張溢だ。
 王宙は見慣れた妻の姿を、呆然と見た。
 呆気にとられている張溢の目前を通り過ぎると、入ってきたばかりの倩娘は病床の倩娘に向かい微笑んだ。先程まで、腕を上げるのも辛そうだった病人の倩娘が何事もなかったように立ち上がり、微笑む。
 二人の倩娘は抱き合い、やがて、ぴたりと一つに重なり合ったのだ――。


 あまりに奇怪な出来事だったので、張溢はこの出来事を秘密とした。
 親類の者でさえ伝え聞いた者は数少なかったし、聞いた者でさえ信じる者は更に少ない有様だった。当の倩娘でさえ、部屋の入り口で父に挨拶した後のことは覚えていないという。

 王宙と倩娘は夫婦として仲睦まじく暮らし、その様は世の人の羨むほどであった。
 この出来事から四十余年の後、相次いで亡くなった。その二人の子供は揃って孝簾に及第し、官吏として栄達したという事である。



参考資料
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唐代伝奇集
  陳玄裕「魂の抜け出た話」、張薦「霊怪集」より
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《終わり》





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